榎本憲男 (映画監督)
第25回東京国際映画祭
日本映画・ある視点部門出品作品
『何かが壁を越えてくる』について
車中に並んで片やウクレレを爪弾きながらフジロックの思い出を歌い、片やとても不機嫌そうに突っかかる女子二人を映すところから映画は始まる。『何かが壁を越えてくる』という仰々しいタイトルからは思いも寄らない軽いタッチに意表を突かれ、そのあとは35分という短い尺の中で転がるストーリーと、旅の先に待ち受けていたものの大きさに衝撃を受け通しの榎本憲男監督の第2作目が、東京国際映画祭「日本映画・ある視点」部門にて上映された。映画業界での長いキャリアの中で、かねてより数々の国際映画祭の現場を見てこられた監督は、そこで感じた近年の映画の欠点を突破するべく計算し抜いてエンターテインメントを追求し、かつ斜に構えて生きる現代人の心に揺さぶりをかけようと意志を漲らせる。今後の活動からも目を離せない榎本憲男監督に、筆者2度目のインタビューを行った。(取材:深谷直子)
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――そこを榎本監督は面白い娯楽作品でありながらアート性もあるものを作って打破しようとされているんですね。今回英語字幕付きで観て、登場人物の「レイラ」「エイミ」「ジョージ」という名前がみんな英語の名前として表記できることに気付いたんですが、国際映画祭への出品を最初からお考えだったということでしょうか?
榎本 そうしたいという気持ちはありました。ひとつには、これは短編だからすぐには公開できないだろうと踏んでいたんですね。だから役者たちには低予算の過酷な条件で出てもらうにあたって、彼らや所属事務所に対して誓いを立てたんです。「きちんと完成させてちゃんとした映画にするよ、ある程度のクオリティにするよ」と。そのクオリティというのは何によってそう認められるのかとなるんだけれど、それは国際映画祭のどこかに入るように、100%の保証はできないけど努力するよという約束をしました。その意識があって役名を西洋名表記にできて日本人にいてもおかしくないというものにしたんです。でも、海外の国際映画祭じゃなくて、東京国際映画祭に出すことにしたのは、役者やスタッフにも映画祭に参加させたいという気持ちが大きかったからですね。海外だと俺だけが行って喋って帰ってきて、みんなには「行ってきたよ」という報告しかできませんから。だから今回うちの組はスタッフもグリーン・カーペットを歩きました。「苦労させたから、みんなでグリーン・カーペット歩く?」って訊いたら全員が「歩く!」って言って、お上りさんよろしく(苦笑)。でも今まで東京国際映画祭では短編は対象外だったのに、そこを変えてまで選んでいただいたので、光栄ですし、キャストやスタッフも本当に嬉しかったと思います。
――グリーン・カーペットを見逃してしまって残念でしたが、若手の俳優さんにとっては本当に励みになる体験ですよね。映画作りの面からも、最近の映画の傾向に対しての挑戦が窺えます。緻密に計算して面白い映画になるよう作り込みながら、その中に深遠なテーマを込めようとされているんですよね。
榎本 そうです。まず面白い映画を作ることを目指す。その底にもう少し抽象的な世界観を敷くということですね。僕らは慌ただしい世界で生きていて、いろんなものを感受しなければならない。けれど、あまりにいろんなものがひっきりなしに押し寄せてくると身が持たないので鈍感になろうとしてしまうんですよね。例えば原発問題にしても、「もう大丈夫じゃね? みんな普通に暮らしているし」と根拠もなしに、自分の感覚を鈍化させようとする。その方が生きやすいからですね。でも、そういうふうに鈍感になってしまっていいんだろうかって問いたいわけです。そうやって生きるのは合理的かもしれないし、全ての死や悲劇に対して悲しむというのは不可能なんだけど、でも大きなものが自分を襲ってきたときに神経を鈍化させないで、それをセンスするとかフィールすることっていうのは大事なことなんじゃないかとも思っているわけです。別の言い方をすると、「世の中に高を括る」っていうことをやめるということですよね。「まあこんなもんさ」って思って大丈夫だと済ませてしまうよりは、「いや、ヤバイよ」と思っていた方がよりよい生き方に繋がるんじゃないかということです。まず面白いなと思わせて、今言ったようなことが何となくあぶり出されていく映画にしたかったんですね。このテーマは『見えないほどの遠くの空を』のド真ん中のテーマではないんだけれどもどこかで被るものであって、そこから引き継がれ次の作品にも続きます。次の作品は中編となり、この作品と合わせ技1本での公開を目指しているのですが、やはり似たようなテーマで、ただし物語の形態は違うものを撮ろうとしています。
――それは楽しみです。短編なので公開が難しそうだと思っていたんですが、そういうことだと面白いものになりそうですね。
榎本 撮った以上公開はしますよ。映画館でかかってはじめて映画となるんだと考えていますから。ただ、今は劇場の敷居が低くなり、公開の壁が低くなっている。だから僕も1本劇場で公開したぐらいで「映画監督」なんて名乗っちゃいけないんじゃないのかって考えて、肩書きをしばらく「映画監督見習い」としていたんです。最近になって、逆に「見習い」と付けているのは甘ったれているかもしれないと思ったので、東京国際映画祭に入ったことを契機に、外しましたけどね。
――今回映画祭で一般のお客様に初めてこの作品を観ていただいて、反応はいかがでしたか?
榎本 100%OKかどうかは分からないけど、よかったような気がしました。Q&Aになってもほとんど帰らなかったし、観ている雰囲気が、なんか物語に入っているなあという顔をしていたんです。僕はその様子を横から見ていたんですけど。
――メッセージは受取ってもらえたなと?
榎本 何となく感じてくれれば、完璧に理解してもらえなくてもいいんですよ。まず「面白い」と観てくれること、その後に面白いだけじゃない何かがあるなと感じてくれたらいいし、「なるほどこうか」って思ってもらえたらさらにいい。そういう映画の作り方をしていきたいなと思っています。どんな映画でも最初から「いいことを言っているんだから観るべし」というようには誘導したくない。まずは映画を観た人に素朴に面白かったかどうかを訊きたいですね。それが基本だと思います。
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( 2012年10月24日 六本木アカデミーヒルズ49にて 取材:深谷直子 )
監督・脚本・プロデューサー:榎本憲男
エグゼクティブ・プロデューサー:戸苅礼美 プロデューサー:内藤諭 撮影監督:古屋幸一 録音監督:臼井勝
編集:石川真吾 編集:山崎梓 音楽:真田晴久 音楽:川原伸一 テーマ曲:安田芙充央 記録:阿部沙蘭 応援:塩澤仁規
出演:今村沙緒里,佐々木ちあき,上村龍之介
配給:ドゥールー ©ドゥールー
- 監督:筒井武文
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