インタビュー
『何かが壁を越えてくる』/榎本憲男監督

榎本憲男 (映画監督)

第25回東京国際映画祭
日本映画・ある視点部門出品作品
『何かが壁を越えてくる』について

車中に並んで片やウクレレを爪弾きながらフジロックの思い出を歌い、片やとても不機嫌そうに突っかかる女子二人を映すところから映画は始まる。『何かが壁を越えてくる』という仰々しいタイトルからは思いも寄らない軽いタッチに意表を突かれ、そのあとは35分という短い尺の中で転がるストーリーと、旅の先に待ち受けていたものの大きさに衝撃を受け通しの榎本憲男監督の第2作目が、東京国際映画祭「日本映画・ある視点」部門にて上映された。映画業界での長いキャリアの中で、かねてより数々の国際映画祭の現場を見てこられた監督は、そこで感じた近年の映画の欠点を突破するべく計算し抜いてエンターテインメントを追求し、かつ斜に構えて生きる現代人の心に揺さぶりをかけようと意志を漲らせる。今後の活動からも目を離せない榎本憲男監督に、筆者2度目のインタビューを行った。(取材:深谷直子

榎本憲男 1959年、和歌山県生まれ。1987年銀座テアトル西友(現・銀座テアトルシネマ)オープニングスタッフとして映画のキャリアを始める。1988年同劇場支配人。シナリオを学び1991年ATG脚本賞特別奨励賞受賞。その後荒井晴彦に師事。1995年テアトル新宿の支配人に就任。日本のインディペンデント映画を積極的に上映しつつ、荒井晴彦監督『身も心も』(97)をプロデュース。98年より東京テアトル番組編成を経てプロデューサーとなる。ケラリーノ・サンドロヴィッチ監督『1980』(03)、『罪とか罰とか』(09)、井口奈己監督『犬猫』(04)、深田晃司監督『歓待』(10)などをプロデュース。
脚本家としてはEN名義にて小松隆志監督『ワイルド・フラワーズ』(04)、筒井武文監督『オーバードライヴ』(04)、深川栄洋監督『アイランドタイムズ』(07)、を執筆。 2010年、東京テアトルを退職。『見えないほどの遠くの空を』(11)で監督デビュー。同年、ワルシャワ国際映画祭正式招待。

榎本憲男監督1――この作品は実際の出来事を題材にした作品で、二人組の女性コメディアンを主人公として意外な展開を見せていきますが、ストーリーの着想はどこから出ているんですか?

榎本 着想というよりも、とにかく「映画を撮りたい」という気持ちがあったので、あんまりおカネがかからないもの、人数が少なくて撮れるもの、というふうにまず考えたんですよ。それと僕は映画監督としては本当に駆け出しなので、まだ撮っていないものが多いんですね。前作の『見えないほどの遠くの空を』(11)では室内の会話劇を中心にドラマ作りをしたので、アクションも撮っていないしベッド・シーンも撮っていない。いろいろ撮っていかなければいけないものがある中で、まず「車」を撮ろうっていうのがあったんですよ、実は。ロッセリーニの『イタリア旅行』(53)を観たゴダールは「1台の車と、男と女がいれば映画が出来る」と思い至って『勝手にしやがれ』(59)を撮ったんだと言っている。よく分からないけれど分かる気もしますよね(笑)。で、今回はまず車を撮ろうと決めたんです。車での移動感とそれによって物語の中に時間が流れているという感覚を出したいと思ったんですね。で、ロード・ムーヴィーにしようと考え、ほとんど同時に例の出来事に絡める構成がひらめいた。じゃあ、そういうところに行くことがいちばん苦手な職業、いちばん辛い職業って何だろうと考えて女性コメディアンを主人公にしたというところでしょうか。順番にというのではなくて、一気に複合的なことが頭の中にごちゃごちゃと浮かんできて、ストーリーは何となくできたという感じかな。

――ロード・ムーヴィーというジャンルを撮りたいという気持ちから始まったんですね。撮影期間は2日半とのことでとても短いのですが、物語としては夕方車で出発するところから翌日の朝までという、本当にひとときの間に起こることを描いていますよね。どのように分けて撮られたんですか?

榎本 道順通りですね。シナリオの1ページ目からずっと撮っていくという感じで、最後のあのショットを撮ったところでクランクアップでした。

――夜を挟んでのとても微妙な時間帯ですよね。車が走り出すところは本当に薄暗い感じで。あれは狙った通りだったんですか?

榎本 そうですね、大体これぐらいの時間にこの辺を走っているというのは頭の中にあって、とっぷり暮れていく感覚はあれぐらいのペースでよかったかなと。

――時間の計算が難しそうですね。

『何かが壁を越えてくる』榎本 難しくはないんだけど、10月に入っていたから急に日が暮れるので、トラブルがあって撮影に手間取ると夕景が撮れないままとっぷり暮れてしまう可能性はあるから、そこだけ気を付けないと、と思っていましたね。実は夕景だけは日を変えて2回に分けて撮っていますよ。ここのシーンの夕景は撮れているけどここは撮れていないのでもう1回撮ろうって。

――撮影での時間の流れもそうですが、物語の進み方もとても計算されていますよね。前作に引き続いて、榎本監督が言うところの「ジャンル・トランスファー」という手法を取られていて、コミカルに始まり、ホラー風になって、さらに転調がありますが、これを30分の中に凝縮するというのは、とても緻密に計算しているんだろうなあと思います。

榎本 僕は割と綿密な表をエクセルで作るんですよ。物語の中で観客にどのように情報を与えて、どのように物語を印象付け、どのように揺さぶっていくかは大事にしています。ただしアート映画が多い国際映画祭の中では僕の映画の語り口はアメリカ映画に近く、リズミカルではあるんだけど長回し的な情緒はないので異色なものになっていますね(苦笑)。そういう情緒性みたいなものは割と捨てているんですね。今回映画祭で上映された『眠れぬ夜』(監督:チャン・ゴンジェ)って観ました?

――観ました。長回しでしたね。

榎本 長回しでほとんどフィックスで、しかもスタンダードで撮っていましたよね。デジタルカメラでスタンダードって多分ないので、端を黒味にしてそう見せていて、ひょっとしてこれは小津へのオマージュなのかなと思いましたが。あの作品はリズムはないけど、長回しによる余韻や情緒はある。僕の作品にはないものだし、僕も最初から自分の作品に求めてないんですね(笑)。

――榎本監督の映画とは全然違うスタイルの作品ですよね。

榎本 評判はよかったみたいですね。ただ先ほどの記者会見でも話したけど、ビジネスで映画祭に参加していた頃に、映画祭で評判がいい映画でも、公開しようという段階で「映画祭ではあんなに評判がよかったのに、なんでこんなに宣伝しにくいんだろう」と焦り出すようなことは多かった。そういった状況が2000年代に入ってから如実になってきました。買付けの人間も海外の映画祭に行って「買うものがない」って急に言い出したんです。それは映画祭の作品が急に低レベル化したんじゃなくて、マーケットが変わってきたから昔のように映画祭の評価が、単館マーケットとは言え、そのまま興行には繋がらなくなったということなんですよね。

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何かが壁を越えてくる 35分/日本語/カラー/2012年/日本
監督・脚本・プロデューサー:榎本憲男
エグゼクティブ・プロデューサー:戸苅礼美 プロデューサー:内藤諭 撮影監督:古屋幸一 録音監督:臼井勝
編集:石川真吾 編集:山崎梓 音楽:真田晴久 音楽:川原伸一 テーマ曲:安田芙充央 記録:阿部沙蘭 応援:塩澤仁規
出演:今村沙緒里,佐々木ちあき,上村龍之介
配給:ドゥールー ©ドゥールー
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