ヤエレ・カヤム (監督) 映画『オリーブの山』について【2/3】
第17回東京フィルメックス・コンペティション上映作品
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――ユダヤ教学者の夫を持つヒロインのキャラクターはどうやって生まれたのですか?
カヤム メインのストーリーができあがったひとつのきっかけは、映画にも出てくる詩人のゼルダのお墓に行って、目の前に神殿の丘が広がっているという風景を見たことにあります。神殿の丘というのは、そこから救済がやってくると信じられている、いわゆる「約束の地」であるわけですよね。そこでふと、ある女性が小さな台所でたくさんの皿洗いに追われていて、閉じ込められているんだけど目の前には約束の地である神殿の山が広がっている……というイメージがパッと浮かんできたんです。そこからは次々とアイデアが湧いてきて、あっという間に最初の脚本案ができあがりました。どうしてそのイメージが強烈に自分に語りかけてきたのかな?ということを今になって振り返ると、ふたつの理由が考えられます。ひとつ目は、そのときの私の状況が、映画学校を卒業したばかりで、『Diploma』(09)という短編もうまく行き、これから長編も撮れるだろう、とある意味約束されたものではあったのですが、でも具体的には「いつ作るのか? 本当にそれができるのか? どうやってできるのか?」ということが何もわかっていない、手探りの状態であったわけです。そういうふうに「いつか長編が撮れるんじゃないか?」と漠然とした希望を抱きながら退屈な日常を暮らしている自分と、このヒロイン像がものすごく強く結び付いたんです。ふたつ目は、Q&Aの中でもお話ししたのですが、私の祖母が生涯のほとんどを台所の中で過ごしたような人だったんですね。私は祖母が大好きだったので学校から帰ると一目散に祖母のところに行って、チキンヌードルスープを食べながら話を聞いていたのですが、私が食べている間も祖母は洗い物だとかいろいろな家事をしていたんです。でも本当は祖母だって人生でやりたいことは他にたくさんあっただろう、ということを想像したんです。
――主人公のツヴィアは本当に生活に疲れた様子なのですが、本来の性格はとても明るく、少女のように瑞々しい感性を持った女性なのだろうな、ということを感じます。ジョークや議論も大好きな、頭のよさそうな方で、多分おばあさまと監督ご自身にも似ているのではないかなと。自分の性格を投影したりもしているのでしょうか?
カヤム ありがとうございます。自分をキャラクターに投影しているところはありますが、彼女だけではなく、男性のキャラクターにもそれをしていますね。
――ああ、夫のルーヴェンは自分にも家族にも厳しいユダヤ教の学者ですが、唯一個性を見せるシーンがありますよね。『続・夕陽のガンマン』(66)のテーマ曲を口笛で吹くというもので、意外と俗っぽくロマンチックな一面があることがわかります。このやり取りでツヴィアの夫への失望はさらに深まることになるのですが、夫にも彼なりの夢があり、やはり生活の中でいろいろなことを抑えながら生きているんだな……ということを感じました。
カヤム そうですね。それぞれの人に二面性があるという描き方をしたかったんです。ルーヴェンの場合は出演シーン自体が少なかったので難しかったですね。
――この曲には何か思い入れがあるのでしょうか?
カヤム この曲を使ったことには理由がたくさんあるのですが、使用許諾を得るのが実は大変だったんです。作曲家に何度も何度も手紙を書いて、ようやく使用許諾を得て使うことができました。どうしても使いたかった理由というのは、まず曲の持つ意味ですね。この夫婦はある意味ライバル関係にあって、妻は夫に対して親密さを求めているのですが、夫はそれに応えることができない。でも言葉に出して拒否することは彼女を傷つけることになるので、そこで口笛を吹くわけです。この曲は「ひとりぼっちのカウボーイになりたい」というような曲ですので、間接的に「ひとりになりたい」と言っているんですね。口笛を吹くことによって、相手への思いやりもあるけれど、心は離れてしまっているということを表現しているんです。また、『続・夕陽のガンマン』は私が生まれて初めて観た映画だったんです。5歳のときに両親が観るのに一緒に連れていかれたんですね、ベビーシッターがいなかったから。イスラエル式のビーチの屋外映画館で観て、もちろん幼かったから最後まで起きてはいられなかったんですが、「すごい!」と思いました。その翌朝、両親におねだりをふたつしました。ひとつは「英語を勉強したい」ということ。映画の台詞がわからなかったので。もうひとつは「口笛の吹き方を教えて」ということでした(笑)。父に教えてもらって、それから父と私の間ではずっと、口笛で吹くこの曲がテーマ曲のようになりました。だから自分の最初の長編には絶対この口笛を入れたいと思っていたんです。観ていただくと気づくと思うんですが、ルーヴェンは最初はひとりでこの曲をハミングし、それから妻に口笛で聴かせ、最後は子どもと一緒に口笛を吹くというようになっています。
――そうですか。素敵な思い出も映画に込められているんですね。
カヤム そうですね。でも自分の思い出だけを素直に投影しているわけではなく、山にまつわるいろいろな逸話や、まわりの人の体験なども交錯してああいうストーリーになっています。私にとってはある意味クイズのようなもので、いろいろなピースがあって、それを自分なりにひも解きながら最終的にああいう物語ができていきました。
脚本・監督・製作:ヤエレ・カヤム
撮影:イタイ・マロム 美術:ネタ・ドロール 編集:オル・ベン・ダヴィッド
音楽:オフィール・レイボヴィッチ 衣装:ヒラ・グリック 録音:テュリー・ヘン
音響:ピーター・アルブレックツェン、イチック・コーエン
製作:エイロン・ラツコフスキー、ヨハナン・クレド、リサ&ヨシ・ウズラド、ガイ・ヤコエル
出演:シャニ・クライン、アヴシャロム・ポラック、ハイタム・イブラヘム・オマリ
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