いまおかしんじ(映画監督)
映画『獣の交わり 天使とやる(イサク)』について
◆キリスト教について
◆キャスティングについて
◆イサクの現場
◆奇蹟をつかまえる
◆作品情報
◆作品レビュー
浅草世界館にて、
5/20(水)~5/26(火)
[12:15 / 15:35 / 19:00]上映。
大阪・タナベ国際劇場にて、
5/23(土)~5/29(金)上映。
第四回ピンクシナリオ募集で入選した「イサク」を映画化した『獣の交わり 天使とやる』が4月10日~16日まで上野オークラで公開される。キリスト教をモチーフとした異色作に挑戦したいまおかしんじ監督に、聖地・西新宿ジョナサンで話を伺った。(取材:わたなべりんたろう・港岳彦)
いまおか しんじ(映画監督)
1965年、大阪府生まれ。「獅子プロダクション」入社後、瀬々敬久監督や佐藤寿保監督、神代辰巳監督の遺作『インモラル 淫らかな関係』(95)などの助監督を務めたあと、95年に『獣たちの性宴(DVDタイトル:彗星まち)』で鮮烈なデビューを飾る。『痴漢電車 感じるイボイボ』(96)、『痴漢電車 弁天のお尻(デメキング、ビデオタイトル:いかせたい女 彩られた柔肌)』(98)などを発表。2004年、故・林由美香が主演した『たまもの(熟女・発情 タマしゃぶり)』でピンク大賞監督賞、作品賞、主演女優賞などを獲得。つづく『かえるのうた』(05)、『おじさん天国』(06)も次々と一般館で上映され、国内外で高い評価を受けた。
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わたなべ いまおかさんは子供のころ、教会に通っていたという話を聞いたんですが。
いまおか また凄いところから始めるね(笑)。小学校二年生くらいの時に、近所に教会が出来たんだよ。物珍しさもあったし、行くと飴とかくれるんだよ。近所の子が集まるみたいな。日曜学校だよね。そこで賛美歌歌ったり、聖書の解説を聞いたり。だから(キリスト教については)まったく知らない人よりちょっと知ってるくらいかな。
わたなべ 向こうの映画では割とこういうのありますよね。アメリカだとスコセッシやアベル・フェラーラ。映画に鳩や教会を出すジョン・ウーは、「キリスト教が自分を守ってくれた」と言っています。不良ばかりの中で生きていく上で自分を守ってくれたと。こうした題材をやるにあたって、「いまおかさんでいいのか」みたいな話もあったと伺っていますが。
いまおか そうそう。
わたなべ 贖罪みたいなテーマに興味があったとか?
いまおか 贖罪というより、設定が割と厳しいじゃない。厳しいって言うとおかしいけど、普通の日常生活より人物が状況的に追い詰められてるというか。「イサク」はまずその入口が良かったんだよね。最近あまりそういう強い設定で話を作るってことがなかったし。自分でシナリオを書くと、映画は日常の中に非日常を入れることができるメディアだと思うから、妖怪出してみたりさ……。どんどんそっちのほうに行こうとするんだけど、そうすると「同じことばっかりやってる」って感じがずっとあって。それで何年か前から、機会があれば人のシナリオでやりたいなって。自分がやりたいことをからちょっと引いて、「このホンが何を要求してるんだろう」とか、それを壊すみたいなこととは逆方向の、ホンを大事にするという方向で映画を作ろうかなって。
わたなべ でも今回、キリスト教を無理に理解しようとしてないですよね。キリスト教がメインにあっても、それだけの脚本ではない普遍性があるので、そこがいいと思いました。
いまおか 勉強しようとしたんだよ。聖書読んだりして。でも今からじゃ間に合わねえなと思って(笑)。あんまり付け焼刃でやっても、ウソがばれちゃうなと。出来る範囲で正直にやるしかないなと思って。資料読んだり教会に取材行ったりはしたんだけど。
わたなべ これは言っていいのかどうか、あんまり今っぽくはないですよね。70年代から80年代初頭っぽくて。
港 いまおかさんホン直しの時に言ってましたよね、「今っぽくない」って。
いまおか 田舎の話だしな。ホンから受ける印象もそうだったしね。
わたなべ ピンク映画というより、ロマンポルノっぽいという意見もあったそうですね。そう思わせる理由の一つに、果穂の着ている衣装もあると思うんです。
いまおか 最初に新東宝で衣装合わせした時に、いいのがなかったんだよ。女優も普通のミニスカートのお水っぽい服しか持ってなくて。俺、ヤバイと思って次の日に那須さん(那須千里・ライター)に洋服借りたのよ。山のように衣装を積んで、あれこれ着せ替えをやっても全然決まんなくて、毛糸のあれを着せたら「いいじゃん」ってなって。
わたなべ 衣装合わせはしつこくやるほうなんですか?
いまおか 衣装合わせは割とやる。瀬々さんに言われたの、デビューするときに。映画作りで何をすればいいのかわかんなくて「何をすればいいんすかね」って聞いたら、衣装を選ぶ時に、二回でも三回でもやれって、衣装は大事だからって言われて。服が結構演出するんだよね。
わたなべ 撮影に入る前に原点回帰ってことで神代辰巳の映画を見直したとか。
いまおか 何見たかな。『悶絶!!どんでん返し』『黒薔薇昇天』『恋人たちは濡れた』……。結構見たよ。
わたなべ 気づくことはありましたか?
いまおか 何に気づいたかなあ……。神代さんの映画は面白いなあって(笑)。実験精神があるなってことかな。失敗作もあるけど、必ず何か実験してるんだよね。撮り方もそうだし、そういう気持ちは学ばなきゃって。いいんだ別に失敗してもって。
わたなべ 東映ラボテックで初号見た後、拍手が起きなくて。あの困惑した雰囲気が……。
いまおか (笑)。
わたなべ 「イサク」って、これまでのいまおか監督のファンにとっては困惑があったと思うんですよ。でもそれでいいと思うんです。作家主義的に見るというのもどうかと思ってて。それは映画ライターもよくないと思うんですけど。現場ってそうじゃないじゃないですか。映画って一本一本違うわけで。
いまおか そう、むしろ変えたいと思ってるよね。でも変えられないんだよ、なかなか。一回やったら終わりだと思ってるんだけど、いつのまにか同じ事やってたり。なかなか抜けられないよね。でも「イサク」は難解な話じゃないし、「もしかしたらこういう人が隣にいるかもしれない」という、身近な話として捉えてた。ただやっぱり、キリスト教に興味がない人にはちょっと入りづらいところはあるかもしれない。みんな勉強するために映画を見てるわけじゃないから。もちろん、何も知らない人が見ても面白けりゃいいなと思うんだけど。
港 「ピンク映画でなくてもいいじゃん」っていつも言われるんですよね。
いまおか でもピンクシナリオの公募に出そうと思ったら書けたって言ってたよね。
港 書く前は何か高尚な話にしようと思ってたんでしょうね。ハダカにしようと思ったら、構図が急に全部見えてきて。でも「困惑した」って感じの感想は確かによく聞きますよ。なんか難しいことやってんじゃないのかとか。「神」とか言ってるから。
いまおか 映画を準備していく中で、「あ、これでいけるかもしれないな」って瞬間がいつも一週間前くらいにはあるんだけど、「イサク」に関しては、宗教とかそういうことじゃなくて、「これは伊作と果穂の恋愛が始まるまでの話」ってふっと思った時に、あ、それはできるかしれないと。恋愛が始まるかもしれない、みたいな。それなら撮れるかもしれないなって。だから俺の中では恋愛映画というか。もしひとに聞かれたら、そんな風に説明できるっていうか。迷った時はそこに帰るという。
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わたなべ あと中上健次の世界をやってるなと。ああいった業や土着の世界と、キリスト教世界の融合のような。それにいまおかさんが関心を持ったというのが面白いですね。
いまおか そう言えば最初に「伊作はどういうやつ?」って聞いた時に、「中上健次みたいなやつ」って言ってなかったっけ。中上健次みたいなやつを、って。
港 ビジュアルイメージですね。
いまおか パチンコ屋社長役の古澤祐介さんは、最初、伊作役で面接してたんだよ。そっちの方向で進めてたんだけどね。結局二十人くらい会ったのかな。伊作役の尾関(伸嗣)君は会って喋って、なんか感じが良かった。いけるかも、みたいな。役者って会って喋んないとなかなかわからないから。
港 女性客に濡れ場の評判がいいんですよ。尾関さんがイケメンというのもあって。普通のピンクに比べて濡れ場に自然に入れるらしいです。
いまおか 果穂役の吉沢(美憂)さんも、第一印象が、そこにいる感じが良かったんだよね。晴彦役の彼(山崎康之)はおとなしいんだよ。生命力薄い感じがいいなって。当時映画学校の生徒だったよ。あんまりこう、役者じゃない感じの人を出すと面白いんだよ。
わたなべ ウィーン大学准教授で日本映画研究家のローランド・ドメーニグさんも出演されています。
いまおか すごい嫌がってたけどね、出るの。シナリオ見せて「名前もほら、ローランドになってるし」って説得して(笑)。
わたなべ 最初のシナリオでは日本人の役ですよね。
港 小林政広監督の『幸福』見に行ったら、国映のおねえさんなんかとローランドさんがいて、「イサク」のシナリオの「ここがおかしい」とか言われて(笑)。目を見たら聖職者っぽくて。あの役は外国人のほうがいかなっていうのもあったんで、いまおかさんに言ったんです。
わたなべ 最初の方で出てくる市場のおばちゃんもいい味出してましたよね。現地の人みたいで。
いまおか ねえ。あの人はエキストラ事務所の人ですね。
港 キャスティングで映画のカラーががらっと変わったなって感じはありますね。やっぱり観念臭さが漂白されてるというか。
いまおか 読んだ時に、なんかやっぱり、ちょっと真面目な話だから、もう少し軟らかくしたいという。どうやったら軟らかくなるかはわからないんだけど、そういう気持ちはあったんだよね。
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わたなべ 港さんは現場にいたんですよね。
港 ええ、最後には使えない制作助手みたいになって。機材運びとかしてました(笑)。
わたなべ 方言指導で?
港 そうです。でも地元の人間に見せたら「イントネーションが全然違う」って言われましたけど。
いまおか やっぱリハとかやってちゃんと指導すればよかったんだろうけどね。
港 いやたぶん、僕のイントネーションが既に間違ってるんですよ。一応、僕がシナリオを朗読したものをビデオに撮って役者さんに配ったんですけど……。何か言われたらそれは僕の責任ちゅうことで。
わたなべ 今回、音楽は初めから入れないと決めてたんですか?
いまおか うん、どっかの時点で。なんか、あの、引き算じゃないけど、今回はそんな風に作ったほうがいいのかなって。
わたなべ シナリオだと最初の果穂が自転車で坂道で下るシーンとか、完成版では少し変わってますよね。
いまおか 印象的な坂道で撮りたいって思ってて、でも結局見つからなかったんだよね。スケジュールも迫ってたし。それで普通の海沿いの道にしたんだけどね。そこだけはずっとこだわってて、海の見える坂道にしたいなって。でもできなかった。
わたなべ 電車のシーンもこだわってますよね。迫力がありました。
いまおか 一個くらいこだわろうというのがいつもあって。今回こだわったのは、電車の窓から海が抜けるところでやりたいと。駅もそういうところないかなって探したら、竹岡って駅がそうだった。でも窓から海が抜けてる時間が2分しかなくて。じゃあその2分をゲリラ撮影でどう撮るかっていうと、ワンカットしかないよねってことになって。それでああなった。
わたなべ 果穂が裸で海に入っていくシーンはどうですか。賛否両論みたいですけど。
いまおか だけどむしゃくしゃしてる時に、海にばしゃばしゃ入って行きたくなる気持ちはあるかなって。あそこから何か映画の動きが変わるんだよね。そこからデリヘル嬢になるからさ。普通のシーンにしちゃうと、そういう展開に見せられないというか。そういう区切りの芝居というか動きが欲しかった。
わたなべ ヒロインがデリヘル嬢になるっていうのが急激で、心理状態としてよくわからないっていうのもあるんですけど。
いまおか あんまりその、「堕ちる」ってイメージはなくて、仕事変えただけっつうか。デリヘルだって立派な職業だからね。立派かどうかわかんないけど。果穂は金もないわけだから、何となくいけるかなって。風俗で働く人のことはよくわからないけど、どこかでやけっぱちな気分がないとできないのかなって思うところはあるけどね。
わたなべ クライマックスのラブシーンにすごい力入ってるじゃないですか。挑戦してるなと思いましたよ。ストレートに綺麗に撮ってるなって。あそこで二人が羽毛にまみれるというのは。
港 伊作に羽根が舞い降りてくるという、啓示を受ける的な場面があって。だからあのベッドシーンでの羽毛は祝福ですよね。あの場面、枕から羽毛が出なくて2テイク撮ったんですよね。
いまおか フィルムぎりぎりだったんだよ。最終日だから。ラブシーンて型になっちゃうから難しいんだよな。キスして前戯して挿入して、いったら終わり、みたいな。どうしようかっていつも悩むんだよ。
わたなべ 比較して、冒頭のセックスシーンはやけに生々しいですよね。それは荒々しくやろうと意識して。
いまおか いや、たぶんホンに書かれてる意図ってのがあって、でもそのまま撮っても埋められない、違うというのがあって、その時に大事なのは、役者本人が持ってるキャラクターというか、あの役の及川(ゆみり)さんは妙なキャラクターの人で、セックスシーンをさせると妙に笑えちゃうんだよ。だからそっちの方に「振ってしまえ」と思って。
わたなべ キャメラアングルが低い場面が割と多いですよね。
いまおか そうかな。キャメラマンにお任せだから。鈴木一博さんとは何本も一緒にやってるんだけど、何年か前に一博さんがフジフィルムでデモ映画を撮るって時に、俺が短いシナリオ書いて、助監督みたいなこともして、そん時に言ってたのが、一博さんはフレームを覗かないと芝居がわからないんだって。俺はモニター見てもわかんないから、現場の全体像で見るんだけど、キャメラマンも画だけ見てるんじゃなくて、芝居を見てると言うか。一博さんは一博さんで違う見え方をしてるんだよね。
港 当たり前のことかもしれないですけど、つなぎをすごく考えて撮ってるって気がしたんですけど。
いまおか そう?
港 好きなカットがいくつかあるんですけど、たとえば伊藤清美さんが息子を殺そうとして、ぱっとそれを見ている果穂に切り替わるショットとか。それって、その前段階の流れありきだと思うんですよ。いまおかさんがファインダー覗かない分、一博さんがつなぎを考えなきゃいけないわけじゃないですか。
いまおか 俺は本当にわかんないんだよな。サイズで切り取られちゃうとわからない。でもスタイルだと思うけどね。モニターだけ見てる方がいいという人もいるわけだし。
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港 現場見て痛感したのは、映画って要はキャラクターだなって。脚本ってそこさえちゃんと書いてればあとはなんでもいいんじゃねえのって。一番学んだことですよね。派手だったり個性的ってことじゃなくて、そのキャラクターがキャラクターを全うすることだなって。
いまおか まあそうだよね。シナリオはやっぱり紙に書いてあるから、どうやって「生きてる風」に見せるか、「役を演じてます風」に見せないかって。現場は、そこらへんをこうちょっとしたセリフだったり仕草だったりで見せていくってことだと思うんだよね。
わたなべ 「イサク」を作ってみて、手ごたえとしてはどうですか?
いまおか あの時期のあの時間でやれることはやれたかなって気はしてる。それは頑張ったからとかいうことじゃなくて、いろんな偶然の力が良くも悪くも働いてたと思うんですよね。偶然が割とうまいこと現場のなかであったんで、そういうのは映ってるかなって。こないだ松江(哲明)君の『ライブテープ』の試写を見て、あれは80分をワンカットで撮ってるんだけど、最後の方に偶然子どもが出てきて。「ああいうのはあるんだな」っていうか。映画が呼びこんでるっていうか。ああいうものがたくさん映ってる映画はいい映画だなって思う。意図した以上のものが映っちゃうという。瀬々さんが言ってたんだけど、ピンク映画の面白いところは、人数が少ないから、そういうのをつかまえやすいって。「奇蹟」って言い方してたけど、奇蹟の瞬間を、「よし撮ろう」と言ってぱっと撮れるのがいいところだと。規模が上がると、それをスルーしちゃうんだって。撮りたいんだけど、スタッフが50人もいたら身軽に動けない。だからそういう時は時間をかけて、呼び込もうとする、みたいなこと言ってた。やっぱり、自分らが思ってる以上のものを描かなきゃいけないとは思うよ。
わたなべ 「イサク」は意外な広がりを持つ映画だと思うんですよ。人によって見方が全然違う映画というか。キリスト教を勉強してる人、まったく興味がない人、そういうものが内面にあるかどうか、そういう資質があるかどうかで見え方が違ってくる。理解しようとするか、はなから拒絶しちゃうか。悪い意味で、そういう映画は今は少ない。これはいまおかさんの新たな一歩ですね。いまおかファンでない人たちももっと見た方がいいと思います。
いまおか どんな映画も、たくさんの人に見てほしいなとは思うよね。
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