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『千年の愉楽』
先行上映会・舞台挨拶レポート

『千年の愉楽』先行上映会・舞台挨拶レポート http://www.wakamatsukoji.org/sennennoyuraku/

2013年3月9日(土)よりテアトル新宿ほか全国にて公開

昨年10月に交通事故により急逝した若松孝二監督の遺作となった『千年の愉楽』の先行上映会が、命日からちょうど3ヶ月後の1月17日の夜、テアトル新宿にて行われた。2回の上映はともに立ち見が出る盛況となった。 中上健次の同名小説を原作とするこの作品は、日本の原風景とも言うべき美しい風景に囲まれながら被差別部落として迫害された紀州の「路地」を舞台に、高貴で穢れた血を受け継ぐ「中本の男たち」の運命を産婆が見守っていくというもの。暴力とエロスを生涯のテーマとしながら、その底に「子宮回帰」という永遠の少年性も持ち続けた若松監督は、まさにそこに還っていくように出産の神秘と大いなる母性を描く作品を最後に撮り上げた。 苛立たしい社会の現実を突き付けながら、生も死も呑み込む壮大な生命賛歌に、上映後は拍手が響いた。寺島しのぶ、高良健吾、高岡蒼佑、佐野史郎、井浦新が登壇し、作品を、そして監督を語った舞台挨拶の様子をお届けしたい。(取材:深谷直子

舞台挨拶の先頭を切ったのは80年代から若松監督作品に出演してきた佐野史郎。妻である産婆・オリュウノオバとともに中本の男たちの悲劇的な運命を見つめる毛坊主の礼如を演じた。「監督不在の舞台挨拶は初めてです」と悲しみを述べたあと、監督との思い出を振り返り、役を通して感じたことを語った。差別のはびこるこの世界に生きることの不条理さに思いを馳せ、責任を自問自答しながら向き合ったことが伝わった。

佐野史郎佐野史郎「まだ『千年の愉楽』の試写を観る前に、新宿で酒を飲みながら「今度のはちょっといいんじゃないか」ととても満足そうに手ごたえを感じていらした監督の姿を思い返しています。60年代からずっと変わることなく反逆と暴力とエロスを撮り続けてきた若松監督がこの作品で描いたことも、ある意味重くて暗くて救いのないことかもしれません。何百年も何千年も変わらない紀州の美しい風景の中で、生まれては死んでいく若者たちに毛坊主の礼如としてはどうすることもできず、そのまま流されていっていいのかと思い悩みながら、風景を受け止め、入れ替わり立ち替わり生まれる若者たちを受け止め……。答えは出ませんけど、人が生まれて死んでいくという当たり前のことをそのまま受け止め、映画をご覧になったみなさんに渡して、これはいったいどういうことなんだ?と共有できればなあと思います。不思議な感覚です。監督が望んでいたのは一人でも多くの方にこの気持ちを知ってもらいたいということだと思います。」

礼如の妻であり、中本の男たちをその手で取り上げた産婆のオリュウノオバを演じたのは寺島しのぶ。『キャタピラー』以来監督も絶大な信頼を寄せる寺島は、今回も慈悲の心と生々しい女の感情で中本の男たちが辿る悲運に心を痛める複雑な役を、この上なく大きく優しく演じた。舞台挨拶でも穏やかな笑顔の中に監督への敬愛と役者としての強さをにじませた。

寺島しのぶ寺島しのぶ「『千年の愉楽』のオリュウノオバは老人までやらなきゃいけない役ですが、まだ私はその半分しか生きていないので、母性だとかを表現できるのかととても不安で監督に相談をしました。でも監督の「今持っている寺島さんのオリュウノオバでいいから」という一言に背中を押していただいて、「また監督をびっくりさせるシーンがひとつでもふたつでも生まれたらいいなあ」と思いながら監督と毎日楽しい時間を過ごすことができました。若松監督の撮影は、監督といられる時間が楽しいんです。人間として学ぶことが多過ぎて、なんで今いないのか不思議です。でもこれからも監督のちょっと訛った「しのぶちゃん」という声は私の支えとなって、また違う現場に行っても「監督これどう思うかな?」って思いながら役者をやり続けると思います。」

中本の血を色濃く引く半蔵を演じられるのはこの人しかいないだろう、と作品を観て強烈に思わされた高良健吾。凛とした美貌は不吉な色気を充満させ、血と抗うヒリヒリとした緊張感をみなぎらせていた。自然体で登壇しても真摯さが漂うが、死を演じることで新しい境地に至れたと清々しく語った。

高良健吾高良健吾「この話をいただいたときに僕は自分の中で爆発しそうなものを抱えていて、監督に焼鳥屋に連れていってもらって自分の気持ちを聞いてもらいました。監督は小学生の頃からの話をしてくれて、勇気をもらえましたがそのパワーを一人では受け止められないようにも思いました。でも監督は「きみのその思いは作品で出してくれればいいから。僕についてきてくれたら大丈夫だ」とも言ってくれて、自分の足でちゃんと歩いて帰ろうと思えました。この映画は「生まれては死んで」ということを描くものですが、僕は自分の死ぬシーンを演じたのが誕生日だったことで、「生まれては死んで、蘇って」ということを自分の中で感じました。ひとつの役として死んで、そこから蘇るという感覚を現場で味わえたんです。命のあるものは生まれては死んでいくけど、この作品はずっとこれからも存在し続けます。でも観ていただけないと、ないものと同じなのかなと思います。若松監督の多くの作品を多くの人にとっての「あるもの」になってほしいなと思います。」

半蔵の年下のおじにあたり、彼の死を見て運命から逃れようと刹那に燃えることに焦がれる三好を鮮烈に演じたのは高岡蒼佑。自身の逆境を踏み台にし、一世一代の当たり役となるに違いない名演を引き出させてくれた作品との出会いに感謝を語った。

高岡蒼佑高岡蒼佑「一昨年の夏以降にこの作品のお話をいただいて、監督は何も否定せず、何も訊かず、生きる場所を作ってくれたような気がします。ひとりひとりの個性をものすごく大事にしてくださる方で、「高岡くんの今の状況なんて人生の中で大したことはないんだよ。俺なんて公安から目を付けられちゃってさ、入れない国もあるよ」と、器の大きさを感じさせてくれ、あの時の自分は間違っていなかったと思わせてもらえました。人生の中で自分らしさというものを決してなくさないように、人に迷惑をかけることもあるかと思いますが、その分一生懸命生きたいなって空を見て思わせてくれるような監督でした。三好という役は、自分のその時の状況にぴったりと当てはまったというか、高岡蒼佑の29年のバックボーンが役をサポートしてくれたように思います。この役に出会わせてくれた監督、一緒に仕事をした共演者やスタッフの方たちと幸せな時間を過ごせました。自分の中では一生心に残る作品を、観てくださったみなさんの心の片隅に置いていただけたら嬉しいです。」

本作を含めて若松監督の近年の5作品に出演した井浦新は、この作品では中本の血を受け継いだ者の壮絶な生涯をワンシーンに凝縮して見せる、語り部とも言うべき彦之介として冒頭に登場する。監督が大切にする映画のファーストカットでもあったそのシーンが若松作品最後の現場となったが、監督の人間性にあらためて触れられる濃厚な時間だったと振り返った。

井浦新井浦新「あのシーンの撮影は東京の河川敷の掘立小屋でしました。佐野さんが演じる礼如さんと、監督の突然の「本番!」の掛け声とともにいきなり撮影が始まり、気付いてみたらものの30分後には撮影は終了していました。そうしてそのシーンが撮り上がり、みなさんが次の現場に向かったあとも若松監督はひとりでその場所にたたずみ、掘立小屋の持ち主に深々と頭を下げていました。若松監督という人間はそういう人間です。みんなが見ている前でボス面はせず、ロケ弁は最後に食べ、ロケ地をお借りした人にはきれいにして返していく、そういう人間です。僕はその背中を見て待っていて、監督と二人で土手沿いを歩きながら、めったに俳優を褒めない監督から本当に珍しく「新、今のよかったから」と言われてとても嬉しかったです。出会った7年前から映画作りにしても人との向き合い方にしてもずっと変わっていません。もっと言えば60年代から映画作りの姿勢、テーマ、何も変わっていません。何も変わらない、まさにこの言葉が監督のさまざまな映画に出てきている、監督が自問自答し続けている言葉なのだと思います。自分自身に対して、社会に対して、人との向き合い方に対して、何も変わっていない。ぶれずに、自分の思うままに、返ってくるリスクを全部背負って生きた監督はすごいです。もう新作は観ることができませんが、初期の作品から観ていただけたら、何もぶれずに生きてきた監督の世界がそこにあります。若松監督の第2章はこの作品とともに始まったのだと思います。今日ここで観ていただいたみなさんの中で生まれて、伝えていっていただけたらどんどん生まれていくんです。この作品を届けていきたいなと思います。どうぞ力を貸してください。」

(2013年1月17日 テアトル新宿で 取材:深谷直子

Story
紀州の路地に生を受け、女たちに圧倒的な愉楽を与えながら、命の火を燃やしつくして死んでゆく、美しい 中本の男たち。その血の真の尊さを知っているのは、彼らの誕生から死までを見つめ続けた路地の産婆・オリュウノオバだけである。
年老いて、いまわの際をさまよい続けるオリュウの胸に、この路地に生を受け、もがき、命を溢れさせて死んでいった美しい男たちの物語が甦る。
己の美しさを呪うように、女たちの愉楽の海に沈んでいった半蔵。
火を噴くように生きていたいと切望し、刹那の炎に己の命を焼き尽くした三好。
路地から旅立ち、北の地で立ち上がろうともがいて叩き潰された達男。
生きよ、生きよ、お前はお前のまま、生きよと祈り続けたオリュウ。
うたかたの現世で、生きて死んでいく人間を、路地の人間の生き死にを、見つめ続けたオリュウの声なき祈りが、時空を越えて路地の上を流れていく……。
CREDIT
監督:若松孝二 原作:中上健次「千年の愉楽」(河出文庫)
出演:寺島しのぶ,佐野史郎,
高良健吾,高岡蒼佑,染谷将太,山本太郎,原田麻由,井浦新,
増田恵美,並木愛枝,地曵豪,安部智凛,瀧口亮二,岡部尚,山岡一,水上竜士,岩間天嗣,大谷友右衛門,片山瞳,
月船さらら,渋川清彦,大西信満,石田淡朗,小林ユウキチ,大和田健介,真樹めぐみ,大西礼芳,石橋杏奈
企画:若松孝二、昆絹子 プロデューサー:若松孝二、昆裕子、尾﨑宗子
ラインプロデューサー:大友麻子 脚本:井出真理 音楽:中村瑞希、ハシケン 撮影:辻智彦、満若勇咲
照明:大久保礼司 録音:福田伸 美術:増本知尋 メイク:小沼みどり 衣裳:宮本まさ江
編集:坂本久美子 音楽プロデューサー:高護 助監督:大友太郎、冨永拓輝、瀧口亮二
特殊メイク:森田誠 キャスティング:小林良二 スチール:岡田喜秀 メイキング:木全哲
2012年/日本/カラー/118分/ 配給:若松プロダクション、スコーレ株式会社 ©若松プロダクション
http://www.wakamatsukoji.org/sennennoyuraku/

2013年3月9日(土)よりテアトル新宿ほか全国にて公開

千年の愉楽 (河出文庫―BUNGEI Collection) [文庫]
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実録・連合赤軍 あさま山荘への道程 [Blu-ray]
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2013/01/22/22:59 | トラックバック (0)
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