特集『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』
(2007年 / 日本 / 若松孝二)
“カワイイ女”で何が悪いか――“革命”にすべてを賭けて

佐藤 洋笑

 暴力革命への過度の憧憬をこめるでなく、スキャンダラスに内ゲバを描くでなく、青臭い男子と女子の集団劇として、愚直なまでに誠実にゴロンと提示したことがこの映画のヴィヴィドな衝撃の根底にあるとオレは感じています。

 ――もう、お察しでしょうが、オレは若松孝二監督の新作『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』についてこれから綴っていきます。

 “「革命」に、すべてを賭けたかった…”といったキャッチコピーや、あまり食事の場などで相席できそうにない方がチラホラと名を連ねる映画へのメッセージに、懐疑心も少々抱きながらの鑑賞でしたが、いやいや、映画は観るまでわからぬもの。タイトルに偽りなしの構えに圧倒されたことを、まず自白しておきます。

 “同士殺し”の過程における女子対女子の軋轢。その周縁で、思考をどこか停止させてしまった男子の構図こそ、歴史的意義やら、政治的意図やらなんたらといった建前を越えて、21世紀の今、この映画と出会う観客の背筋にゾクリとした感触を伝えるものです。これは、決して日本近代史に思いを馳せるにあたって決して目を背けられない事件を“イジメ問題”などに矮小化することにはなりますまい。あの事件に関わった往時の青年たちのごく身近にいた若松監督だからこそ持ちえた、人間を見つめる視点であり、あの事件を“時代が背中を押した特殊な事例”などという安全な括りに囲い込むことを許さず、2008年を生きる観客に生々しく伝えます。

 ――オマエにも身に覚えがあるだろう、と語りかけるように。

 失礼な書き方であると重々に自覚した上で、監督の“お見事”な手際が発揮されているのは、決してわかりやすい美形の類ではないながら、どこかわかるヒトにはわかる色っぽさを持つ並木愛枝を永田洋子役に配した点です。

 並木演じる永田が、左翼的な韜晦に満ちた、検察調書がさらに曲がりくねったような言葉遣いで、常にクール然としつつも、絶望的に破綻した理屈を振りかざし、彼女が自身の内部に見出せなかった、あるいは抹消しようとした、“カワイイ”を手にした“革命戦士”志願の同士たる女子たちに“総括”を求め、挙句には粛清しまくるさまは圧巻です。その粛清の対象の嚆矢となった坂井真紀演じる遠山美枝子の末路の凄惨さは、坂井の熱演と、逃げを一切打たず正攻法というよりも飾り気なく撮り切ってしまった監督の態度もあって、やはり恐ろしく印象に残ります。すでに大いに話題となっている場面ですが、やはり必見です。目をそむけられない上、正座したくなる凄まじさです。

 監督自身としては、きっと自身の映画『赤軍PFLP世界戦争宣言』の上映運動にも関わったという遠山美枝子に対して、オレらからは推し量れない、思い入れというかの感情があるかと思います。一方で、永田についてはモノ凄く腹にイチモツあるでしょう。

 しかし、そうした凄惨な描写をもってしても永田を過度に貶めるような印象はありません。遠山の無残な末路からも目をそらさなかったのと同様に、森恒夫と坂口弘の間で揺れ、生真面目すぎてトンチンカンにも見える自己批判を誠実に涙をこぼしつつ実施する永田の姿にも、監督の視線は注がれています。そこで熱に浮かされたように“革命”“総括”を呪詛のごとく繰り返し、仲間を手にかけていく男子達の底のヌケぶりも、決して愚かしいものとは見せず、淡々と切り取っています。この落ち着いた物腰と、何者からも目を背けない態度が、画面に凄みを与えています。

 実際の事件においては、赤軍派と革命左派がココロザシを異にしながらも、経済的な理由を大として共同戦線を張ってしまったことから来る組織的な歪みがこの件に大いに影を落としているのではないかと推し計れますし、永田の来歴にはパセドー氏病に起因するという外観上の特徴であるとか、思想的指導者からの性的暴行という決定的な体験が存在しています。若松監督は、そこまで見据えつつも、クールな態度を限界まで押し通すコトで、この映画を稀有なモノにしています。

 “カワイイ”という“女の武器”を持ち得ず、また用いることを良しとしないことに「革命」の実現をかけた女子。それとは対照的に、あまりに屈託なくその武器を用いてしまった女子。「革命」という壮大な理想に立ち向かうにあたって、内なる“女性”――オシャレもしたけりゃ、男子に惚れて惚れられもするでしょう――との折り合いをソフト・ランディングさせられなかった女子たち、それぞれの姿。それこそ、何でもアリといわれる現代ならば、「“革命”を実現するのが“カワイイ女”で何が悪い!」ぐらいの開き直りという選択肢もあるかも知れません。右手に銃を持った女がピアスの穴を開けていることに何の問題があるのか。しかし、当時の彼女たちはそれを想起しえませんでした。そうした感性を受け入れませんでした。そして、男子たちはといえば、正味な話し、そうした揺らぎとまともに対峙できるほどには成熟してなかったのが正直なところでしょう。

 “何”が彼ら、彼女らをそうさせたのか、と思いを馳せることで、オレたちはアノ事件に、時代に向き合うこととなります。その“何か”を、アノ時代特有の熱“だけ”、などと思えるはずもありません。彼ら、彼女らを鼓舞し、追い込んでいったのは、どこかに歪みを抱えた“組織”あるいは“集団”――会社でもガッコでもかまいやせん――に身を置き、ストレスを覚えたことのある人間ならば、いつ対峙してもおかしくはないエモーションの暴発である。
――と、オレは信じて疑いません。

 このエモーションの爆発を見せつけることこそ、あまりに屈託なく“カワイイ”を武器にする女性の姿に出くわしやすい今日この頃、つまり“現在”に監督がこの事件の全容を叩きつける、最大の動機だったのかも知れません。

 そう、このフィルムに焼き付けられた青臭さも、熱意も、純粋さも、不純さも、全て身に覚えがあるだろう――という問いかけこそ、今なお現場に身を投じる、若松監督にしかなしえない、あの事件を過去のモノとして、安全圏で傍観する人間への根底からの揺さぶりなのです。 ※今回この映画を観るにあたって、オレがこうした視点に傾いたのは、ちょうど、大塚英志氏著『「彼女たち」の連合赤軍―サブカルチャーと戦後民主主義』を何の気なしに読み返していたことが大きいようにも思います。エンド・クレジットの参考文献には挙げられていなかったかと記憶しますが、多少なりとも拙文に興味を持っていただけた方なら必読かと存じます。

(2008.3.9)

実録・連合赤軍―あさま山荘への道程 2007年 日本
監督:若松孝二 脚本:掛川正幸,出口出 撮影:辻智彦,戸田義久 美術:伊藤ゲン
出演:坂井真紀,伴杏里,地曵豪,大西信満,中泉英雄
公式

2008年3月15日よりテアトル新宿にて公開
以降順次全国ロードショー

関連:シネマヴェーラ渋谷にて「若松孝二大レトロスペクティブ」開催
2008年3月15日(土)~2008年4月4日(金)まで

「彼女たち」の連合赤軍―サブカルチャーと戦後民主主義 (角川文庫) (文庫)
「彼女たち」の連合赤軍―サブカルチャーと戦後民主主義
若松孝二 実録・連合赤軍 あさま山荘への道程 (単行本)
若松孝二
実録・連合赤軍 あさま山荘への道程
若松孝二 初期傑作選 DVD-BOX
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若松孝二 初期傑作選 DVD-BOX 2
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突入せよ!「あさま山荘」事件
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2008/03/09/19:36 | トラックバック (0)
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