大西 信満 (俳優)
映画「海燕ホテル・ブルー」について
2012年3月24日(土)よりテアトル新宿ほか順次公開
ベテランでありながらインディペンデントで問題作を繰り出し続ける若松孝二監督の新作『海燕ホテル・ブルー』。ハードボイルド調の復讐劇はいつしか夢か現実かも判然としない情念の物語に変容し、その軽やかな自由さに今回も唸らされた。若手の常連俳優たちにとってこの作品のアングラな感触は手強かったようだが、監督の挑発に乗って生き生きと躍動し、映画本来の面白さを伝えてくれる。執拗で得体の知れない警官役に取り組み、新たな境地を掴んだ大西信満に、撮影を通じての新鮮な体験を語っていただいた。(取材:深谷直子)
――岡部さんには原発への怒りを言わせていますね。
大西 それを警官が撃ち殺すわけですからね。警察という国家権力が理不尽な因縁を付けて市民の声を抹殺する。それを大上段に構えて訴えるのではなく、あえてフワフワとシュールに描いて皮肉るというところも若松監督らしいと思いますね。僕もああいうふうにコミカルに演ってはいるけど、そのことは強く意識していました。
――若松監督の演出方法は、他の役者さんに対してはどうでしたか?
大西 やはり地曳くんに対しては、彼が軸だし、この映画の体温の高さを担っている分、かなり厳しく追い込んでいました。先ほどの岡部くんの演説のシーンとかも、ものすごくこだわって演出していましたし。逆に片山さんに関しては、彼女が醸し出すデリケートな部分を壊さないように、静かに見守っていたような印象です。
――片山さんの役も超然とした何かの象徴のような役ですよね。
大西 彼女だからこそ成立したと思います。で、新さんはあんなに生き生きと完璧にチンピラになり切っていて(笑)。
――なり切っていましたね、『三島』の枷が外れたように(笑)。
大西 新さんは『三島』を撮り終わってすぐにあの役だったから、すごく楽しそうでしたよね。『三島』を撮り終えたことに対する解放感と充実感が、この映画にとても反映されていると思います。
――地曳さんや新さんとは『連合赤軍』の頃からずっと一緒に出ていますが、関係に変化はありますか?
大西 新さんとは『連合赤軍』のときからずっと、『三島』『海燕』に至るまでいつも現場で一緒にいて、その間に起きたいろんなことを二人で役割分担して乗り越えてきた仲なので。本当にいろんな局面をいつも協力して解決してきたし、現場外でも互いの人生の節目には必ずいたりして、『連赤』的な語彙で言えばまさに「同志」ですね。同じく地曳くんも現場内外で数え切れないほど多くの時間を共有し、互いに支え合ってきた仲なので。ああ見えて彼は末っ子の愛されキャラなので、今回地曳くんメインの現場をみんなで盛り上げていきたいという思いもあったし。だから関係性としては『連合赤軍』当初よりは当然深くなっているし、それは俳優部だけではなく、今まで一緒にやってきたスタッフの皆さんとの信頼関係も含め、その一体感はとても大きくこの映画に作用していると思います。 一方で、そんなふうにある意味出来上がったチームに一人ぽつんと入ってきた片山さんは大変だったと思います。撮影が大変だったとかそういうことではなく、何本も一緒に撮ってきてチームになっている中を女性一人できちんと両足を踏ん張って立ち続け、堂々とあの大役と対峙していた彼女の姿は本当に立派でした。
――廣末さんも初めてでしたが、狂気の感じられる演技で、若松作品の中でもしっかり存在感を放っていました。
大西 そうですね。彼はものすごく緻密に計算して演技をする人で。自分で監督としても素晴らしい作品を撮っている人だから、今回一緒にやれてとても刺激的でした。彼も低予算の中を創意工夫と情熱を武器にして映画を撮り続けている人なので、すんなりと若松組のやり方に順応していたし。だからチームワークはすごくよかったです。
――若松監督もこのチームだからこそ存分に「遊び」がやれたんでしょうね。
大西 若松監督は「すぐに頭で考えるな。理屈じゃないんだ、繋がりじゃないんだ」っていうことをことさらこの現場では言っていて。『海燕』はストーリーを追って観る種類の映画ではないですよね。「何であそこでああなったの?」なんて考え出したらもう突っ込みどころ満載で、それを若松監督は「へっ!映画ってもっと自由なんだよ」って確信犯でやっているような映画で。でも自分たち俳優部もスタッフの皆さんも、監督に比べたら圧倒的にキャリアが浅いので、なかなか監督のそういうところを理解できなくて理屈っぽく考えてしまうところがある。それに対して若松監督は「屁理屈こねてないで真剣に遊べ」っていうことを言っていたような気がします。やってる最中はやっぱりなかなか分からないと言うか、「?」マークばかりでしたけど、でも出来上がりを観て何か少し分かった気はしますね。
――大西さんは昔の映画はよく観ているんですか?
大西 今回『海燕』をやるにあたって若松監督の60年代・70年代の作品を観直したりしました。内容をちゃんと理解して読み取ることが映画をちゃんと観るということなんだとどこかで思っていたけど、本当はもっと自由で、意味とかを超えた何かがある映画というものもあるんだということを、今回改めて思ったという感じです。
――既に『海燕』を観た人の感想を見ると、昔から若松監督の作品を観ている人が多いようで、原点に戻ったようなこの映画の作風を楽しんだというものが多いですね。これを若い人がどう受け止めるかが興味深いです。
大西 かなり新鮮だろうと思いますね。60年代・70年代のATG作品みたいなものを若いときに観てきた世代の人は、そういう映画的読解力を持ち合わせていると言うか、映画の観方に幅があるんだけど、普通に物語があって起承転結があって因果関係があって辻褄が合う、というものにしか触れてこなかった人には「?」マークかもしれません。完成披露上映会のときも「笑っていいのか、それともシリアスに捉えなければいけないのか、どっちだろう?」みたいな雰囲気があったりして。そういう人に、「急にワープしたって何が悪い? こういうのも映画だし、映画というのは自由なものだから、理由を考えずにそれを受け入れる頭の柔らかさだとか心の柔らかさを持てば、映画の観方が豊かになってもっと楽しいよ」って若松監督は言いたいのかなと自分は感じています。
――素敵ですよね。映画の素晴らしさを伝えていこうという若松監督の熱意が感じられます。「映画で遊ぼう」という思いが多くの人に届いてほしいですね。
大西 『連合赤軍』や『キャタピラー』、『三島』などは歴史的事象への関心でいろんな人が観に来てくれる部分ってあると思うんだけど、こういう種類の映画だとなかなかきっかけを持たないと劇場に足を運んでもらえないところがあると思うので、口コミなどで広がっていってほしいなと思いますね。で、観て何かよく分からないけど面白かったっていうのがあれば、それはいわゆる可笑しいっていう意味の面白さだけじゃなくて、何か考えるだとか引っかかるっていうことも含めて面白かったっていうふうに思ってもらえたら嬉しいです。柔軟に、自分本位に楽しんでもらえたらいいなと思いますね。
読者プレゼント INTRO読者の中から1名様に『海燕ホテル・ブルー』の公式ガイドブック(游学社刊・価格1200円/原作者・船戸与一氏と若松孝二監督のハードボイルド対談から若松組常連俳優陣(井浦新さん、地曵豪さん、大西信満さん)のディープな座談会、片山瞳さんやジム・オルークさんのインタビューに完成台本、カラーグラビアまで。ジム・オルークさんのサントラCD付)を大西さんのサイン入りでプレゼントします。
ご希望の方は、『海燕ホテル・ブルー』(メールでご応募の場合は件名)と、「お名前・ご住所・電話番号 ・年齢」を明記の上、こちらのこちらのアドレスか、メールフォームからご応募下さい。
◆応募締め切り:2012年4月5日(木)応募受付分
( 2012年3月12日 恵比寿・スターダストプロモーションで 取材:深谷直子 )
監督:若松孝二
プロデューサー:尾崎宗子 企画:若松孝二 原作:船戸与一『海燕ホテル・ブルー』 脚本:黒沢久子、若松孝二
撮影:辻智彦、満若勇咲 音楽:ジム・オルーク 題字:船戸与一
出演:片山瞳,地曵豪,井浦新(ARATA),大西信満,廣末哲万,ウダタカキ,岡部尚,渋川清彦,中沢青六,水上竜士,
山岡一,東加奈子,真樹めぐみ
配給:若松プロダクション ©若松プロダクション