(ネタバレの可能性あり)随分前から上映前予告が流されていたが、あの「人は何の為に戦うのか、人は何の為に死ぬのか」という煽情的なキャッチに見事にしてやられた人は多いのではないだろうか。本作は予告編が仄めかすような陰謀劇などでは全くなく、トム・クルーズ×メリル・ストリープ×ロバート・レッドフォードという、ハリウッド屈指の役者達による堂々たる対話劇なのだった。
本作は、某日同時刻におけるワシントン・アフガニスタン・カリフォルニアでの出来事を並行して描いていく。
一つめは、泥沼化しているイラク戦争によって失墜しているアメリカの国威を発揚するべく、アフガニスタンで極秘作戦を実行させたアーヴィング上院議員(トム・クルーズ)が、その情報を自身に好意的だった記者ジャニーン(メリル・ストリープ)にリークすることで世論操作を目論む執務室での一時間。
二つめは、アーヴィングの作戦によってアフガニスタン山中に送り込まれた特殊部隊に所属する、ロドリゲス(マイケル・ペーニャ)とフィンチ(デレック・ルーク)が遭遇する想定外の苦境。
そして三つめは、アフガニスタンでの極秘作戦に参加している二人の兵士の師にあたるマレー教授(ロバート・レッドフォード)が、将来を嘱望される学生でありながらドロップアウトしかけている青年トッド(アンドリュー・ガーフィールド)に改心を促すべく面談する大学研究室での一時間、である。
いずれも執務室、雪のアフガン山中、大学研究室と閉鎖された空間を舞台にしており、どちらかと言うと演劇に近い静的な画面構成、更に展開されるのが政治や国家、社会参加の意義を問いかける対話という極めてシンプルな内容だけに、一歩間違えば青臭く退屈なだけの作品になっていたかもしれない。しかし、本作ほど生硬で青臭いテーマを大上段から扱っていながら、それなりに最後まで観飽きさせないのは、作品の軸となる二つの対話の間に、戦場に取り残された兵士の状況を挟み込むことで、全編に適度な緊張感を持続させることに成功した編集の妙にある。
また、一般に対話劇では、人物にそれぞれの立場を端的に代弁させる関係で、台詞そのものが教条的になりやすく、どうしてもステレオタイプな人間像になりやすい傾向がある。本作もその弊を免れていないところがあるものの、役者の演技力によって各キャラクターに一定のリアリティが与えられている点も流石と言うべきだろう。
中でも、野心的な議員を演じたトム・クルーズのパフォーマンスが素晴らしく、ともすると今のアメリカの現状に導いた「張本人的悪役」に仕立てられそうなところを、自らの「政治的信条」と「政治的理念」に基づいて行動する血気盛んな国士風の人物として演じ切っている。このことは、本作にとって極めて幸運なことだったと言って良い。なぜなら、後述する本作のプロパガンダ的な性質を、彼の演技と存在によってかなり薄めることに繋がっているからだ。もしトム・クルーズがこれほどの仕事をしていなければ、本作は目も当てられない愚作に堕していたに違いない。
スリリングな対話劇好きには堪らない面がある本作だが、「映画」として観た場合、大きな疑問も残る。本作は政治家とジャーナリストの対話、アフガン山中に取り残された兵士の運命、そして教授が諭す「あるべき生き方」を踏まえた上で、トッド青年(=観客)に「お前は参加するのかしないのか、自分で考え、その決断には責任を持て」と問いかける。レッドフォード監督の真意は、純粋に無気力無関心な昨今の若者を啓蒙するものなのかもしれないが、果たして本作がそこまで純粋な作品と言えるのかどうか。と言うのも、本作がモンタージュを駆使してある方向に観客を誘導しようとしているのは明らかだからである。それは即ち、大統領選で民主党に入れろ、ということだ。
特に終盤から幕切れ近くに現れるネガティブ・イメージの群れにはうんざりさせられる。例えば、アーヴィング上院議員は、序盤でトッドが「『大統領選には出ない』と言っておいて、後で平然と出馬する」と揶揄した政治家像をそのまま再現して、共和党の大統領候補者は老獪だとわざわざ印象づけているし、アフガン山中でのロドリゲスとフィンチの最後も、結論ありきで状況的な説得力が全くないまま悲惨なイメージを観客に投げつける。更にそのアフガン山中での悲劇的なシーンを受け継ぐように、アーヴィングから得た情報を流すか流さないかで上司と一揉めしたジャニーンに、アーリントン公園に整然と並んだ戦死者の墓標を眺めさせることで、「対テロ戦争」がどれだけアメリカ国民の犠牲をもたらしたかを思い出させようとする。極めつけはエンドロールで消えていく兵士達の影と大きく映し出される「VOTE(投票せよ)」という文字……。
編集が際立った効果を見せている本作だからこそ、こうした演出は明らかな意図のもとで組み込まれたものだと見なさざるをえないだろう。本作に含まれる対話や設定には見るべきものは少なくなく、特に選挙権を初めて得た若者に対して社会参加の意義を問う啓蒙映画としてそれなりの価値が認められる作品になっているのも確かなのだが、そうした「啓蒙」や「啓発」を訴える立場を取っている作品で、この種の印象操作を何食わぬ顔で織り込むのは些かタチの悪い行為ではないか?
観客に「考えさせること」と「考えさせるふりをして誘導すること」は似ているようで全く別物であることは、改めて指摘するまでもない。この両者の違いを巧妙にすり替えようとしているように見受けられる本作に、「啓蒙映画」や「社会派映画」を名乗る資格はない。
(2008.4.24)
監督:ロバート・レッドフォード 脚本:マシュー・マイケル・カーナハン 撮影:フィリップ・ルースロ
出演:トム・クルーズ,メリル・ストリープ,ロバート・レッドフォード,マイケル・ペーニャ,デレク・ルーク,
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4月18日(金)より日劇1他全国ロードショー
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