映画『ヒア アフター』公開によせて
黒沢清監督にイーストウッドのことを聞く
2011年2月19日(土)より、丸の内ピカデリー他全国ロードショー
クリント・イーストウッド監督の『ヒアアフター』が公開されるにあたって、イーストウッド映画のことを一度じっくり聞きたいと思っていた黒沢清監督にお話をうかがった。イーストウッド好きとして知られる黒沢監督だが、スピルバーグ作品やデジタル撮影に関してまで話しが及び、興味深い内容になった。イーストウッド作品が好きな宮地昌幸監督にも同席していただき、協力いただいた。黒沢監督、宮地監督共に忙しい中をありがとうございました。 (わたなべりんたろう)
わたなべりんたろう(以下、わたなべ) 黒沢さんは先週に(この取材は1/14収録)に見たと思いますが、いかがでしたか?
黒沢清(以下、黒沢) ええ、直後にパンフレット用のインタビューもあったもので、多少その何と言おうかと、不健全な見方をしてしまったのですが、ただ何の予備知識も持たずに見たこともあり、唖然としました。基本的には非常に面白かったのですが、後に脚本家のオリジナルストーリーだと聞きまして、誰だこんなストーリー考えたのはという……これは東南アジアなんですかね。
わたなべ インドネシアのスマトラ島ですね。
黒沢 インドネシアですか、まあ実際ありましたよね、大津波から始まって、最後はロンドンのブックマーケットで終わる……そういう映画はありなの?という感じで、よくまためんどうくさい映画つくったなと呆れました。まったく違う映画ですがかつて『パイレーツ・オブ・カリビアン』を見た時の印象と似ていて、よくこんなことで成立しているなと、成立させたことに感動を覚え……しかし従来のアメリカ映画の基本の上に成り立っているようなものが、いよいよ破壊されているというのをまざまざと……また新たなものに向かっている、模索しつつあると実感致しました。イーストウッドというと、オーソドックスな、ドン・シーゲルなり、セルジオ・レオーネなりの記憶が一部では引きずられており、アメリカの古典のように思われていた節がありましたが、それは真っ赤な嘘で、随分前から過激な映画作家の一人だと分ってはいましたが、いよいよはっきりしました。それが当然のようにスピルバーグと共になされているというのは当然のことだろうと。アメリカ映画の最も危なっかしく且つ最先端なのだと実感致しました。
わたなべ 国もすごくまたがっている話ですよね。
黒沢 パリ、サンフランシスコ、ロンドン、最初は東南アジアが舞台なのですかね、撮影はトム・スターンですが、ますます過激にというか、ちょっとまあカミンスキー的なところがあったのですが、本当に冷たい、色彩を押さえた、僕大好きなのですが、良い意味でB級のカメラなんですよね。都市の裏側でおこる犯罪ものとか、ある小さな、しかし濃密な世界を描くには最適なカメラなんですが、でもこれパリとサンフランシスコとロンドンだよね……よくみると窓の外にエッフェル塔が写ってるんですが、その冷たい硬質な感じと、どうやらサンフランシスコらしい、マット・デイモンが働いている建物の裏ぶれた外観とか、まったく同じ質感なんですよね。思えばサンフランシスコは『ダーティー・ハリー』でもありますし、いかにもサンフランシスコらしい風情というのは、今でも当然あって、イーストウッドが知らない訳はないのに、それを徹底的に排除していて、『宇宙戦争』を彷彿とさせる裏ぶれた労働者の風情とアメリカのどこでもありそうな低所得者層の佇まい……まあサンフランシスコにもあるんでしょうけど、その撮り方、演出がパリ、ロンドンまで波及している感じで、一体何をしようとしているんだろうという……。
わたなべ かなり独特の進み方をしていますよね。
黒沢 ですよね。これは計算しているのかわかりませんが、冒頭の女性が臨死体験をするところが良く出来ていて、死者の国を垣間見るとうのが強烈に提示されている。途中も死者の国の様なものが音響とともに一瞬はっと見えるんですが、すごく良く出来ている。死者達の表現があまりにも良く出来すぎていてとても生きている人達のドラマだと思えないんですが、どうやら一方でメインは生きている人のドラマで、しかしいつ目の前に死者達の世界が出現してもおかしくない状況が出来上がってますから、こっちは気が気じゃない。そして気が気じゃないまま終わって行くという、世界はどうなってしまうのという宙づりの状態にされる。イーストウッドに言わせれば『脚本のまま、そのまま撮ったんだよ』と言いそうですが。
わたなべ 黒沢さんは脚本書く上で今作は何か刺激になりますか?かなり必然性があるかわからない展開が多いですが、料理教室がでてきたり……。
黒沢 料理教室ねぇ……(笑)。これもトム・スターンのカメラが、ステンレスの嫌な光り方といい、どう見ても死体置き場のような撮影と色彩で包丁を使ったり、本当に禍々しい雰囲気があるんですけれど、どうも物語は男女のラブストーリーだけで、その後死者の国が一瞬見えるんだけれども、すごく不吉ですよね雰囲気は。でもそうでもないらしんですけど(笑)。本当に大胆ですよね。むちゃくちゃですよね。参考になるというか、マヅイだろうと思いました。少なくとも無名の監督がこうしたことをやるのは。あそこまでなった人たちだからこんな大胆なある種の実験ができるのだろうと。
わたなべ 意外と評価が割れてますよね。アメリカとかで。普通の展開をしないじゃないですか。解体している感じがします……。
黒沢 当然だと思います。評価を割らす為に撮っている(笑)。スピルバーグも近年こうした撮り方をしている。イーストウッドに関しては日本で評価が割れないのが不思議です。たまたま数日前にキネ旬のベスト10が発表されていて、洋画部門で『インビクタス-負けざる者たち-』が二位ですか?いやそんな訳ない!凄い映画ですが、半分も意味が分からないという人がいて不思議ではない。『グラン・トリノ』もそうです。日本では何故か絶賛されているのですが、彼らはもっと過激で訳のわからないものに挑戦しているのです。多分アメリカなり海外ではもう少し冷静に、拒否反応もふくめた意見がでているのでしょうけれど、日本では……恐らく昔のイーストウッドのイメージがもの凄く強く、それは60年代、70年代の彼のイメージが先行していて、彼が映画を裏切るはずがない!という神話があるのでしょうが……。
わたなべ こんな感じですよね(『クリント・イーストウッド/アウト・オブ・シャドー』のイーストウッドの代表作の画像がいくつか載ったDVDカバーを示す)。
黒沢 いやいやこんな人じゃないです。思えば、もともとはそうですが。俳優としてはこういうイメージの人ですが、監督としては、『ホワイトハンター・ブラックハート』とか『バード』とかそうとうに変な映画を撮っている。
わたなべ 『真夜中のサバナ』なども。
黒沢 そうですね。監督としては本当に奇妙な物語を好む。こんな話聞いた事が無いという妙な物語に惹かれる人なんですね。近年はそういうものばかりやっていて、昔から機会があればそういうことをやってて(笑)、今回もまさに、これ全然聞いた事の無い話ですよね、ということで、スピルバーグも、これ好きでしょあなた、という感じで挑戦しているんだと思います。だから見たことの無い様な映画にしましょうと、見せられるこっちはびっくりするばかりですが。
わたなべ 最近は脚本家が固定してないですよね。脚本主導でやっているので。
黒沢 よく調べてませんが、スタッフが固定しているわりには脚本家は本当にばらばらですよね。毎回違う物語に飛びつく人なのだと思います。
わたなべ 一時期は固定していましたよね。『ブラッド・ワーク』と『ミスティック・リバー』がブライアン・ヘルゲランドで。
黒沢 他にもいるのでしょうが、独特なものが好きな作家。この年でこれだけのものが撮れるというのは評価すべきだろうと。ドン・シーゲルなどの系列の古き良きアメリカ映画の歴史を背負ってる人とはまったく別の人です。自分が出なくてもいいや……といっても出るのですが、出なくていいやといって作家としてやりたい放題やってんでしょうね。『ブラッド・ワーク』なんかは典型的な主演の良く出来たアメリカの映画という感じでしたよね。あれが最後くらいじゃないですかね。
わたなべ あの時はイーストウッドは日本であまり人気が無い時でした。銀座シネパトスで公開でした……。
黒沢 『ミリオンダラー・ベイビー』とか『グラン・トリノ』とか出てはいますが、普通のアメリカ映画とは違いますよね。
わたなべ 黒沢さんは、どんな脚本があったら撮りたいですか? 黒沢さんはご自分で書かれますよね、原案があるなしに関わらず。
黒沢 ただ、自分の意識としては僕のやっている作業とはむしろ真逆で、原作なりだれかのアイディアなり日本人の考えた今時の物語があって、これはあり得ないでしょ……というところからなんとかそれを映画っぽい話に、いやアメリア映画では普通こうしますからという、いや普通というのはずいぶんと古い普通で、イーストウッドはやってないぞと言われたらそれまでですが。かつて古典的なアメリカ映画ではこうしてましたという、ある映画の物語の……僕なりの解釈にそって、まったくそうでない物語を組み替えて行くという作業をしているつもりです。ただまったくオリジナルであっても、現代の東京で撮ると考えると、それはまぁそうそう昔のアメリカ映画のようにはならないですよねってことで色々な変形を被って……結果、奇妙な物語になるんですけれどね(笑)。なるべくは往年のアメリカ映画のようなものをもってこうようとはしているつもりです。破壊しようとは思っていませんね。
わたなべ 黒沢さんの映画とアメリカ映画の類似性はあまり語られないですよね。
黒沢 日本映画なので、そう見えないので仕方ないことですが……。
わたなべ でも黒沢さん自身が語られるのはアメリカ映画が多いですよね。スピルバーグの映画でしたり。
黒沢 そうですね。ですが今のアメリカ映画とうのは自由自在にあるので、そのことは僕も受け入れて、アメリカ映画のようなものをやりたいというのは何も古典に限らないです。だからイーストウッドなどは参考にしますが、でも何もそこまでやらなくてもという感じで、ますますその幅を広げる気、あなたって感じで……困っちゃいますね(笑)。
構成:わたなべりんたろう 協力:宮地昌幸、書き起こし/小泉宗仁 1/14収録
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