映画『ヒア アフター』公開によせて
黒沢清監督にイーストウッドのことを聞く
2011年2月19日(土)より、丸の内ピカデリー他全国ロードショー
クリント・イーストウッド監督の『ヒアアフター』が公開されるにあたって、イーストウッド映画のことを一度じっくり聞きたいと思っていた黒沢清監督にお話をうかがった。イーストウッド好きとして知られる黒沢監督だが、スピルバーグ作品やデジタル撮影に関してまで話しが及び、興味深い内容になった。イーストウッド作品が好きな宮地昌幸監督にも同席していただき、協力いただいた。黒沢監督、宮地監督共に忙しい中をありがとうございました。 (わたなべりんたろう)
わたなべりんたろう(以下、わたなべ) 最近思うのですですが、大ヒットシリーズを持ってないと自由に出来ないんだなって。
黒沢清(以下、黒沢) それはしかしハリウッドの特殊な環境があってだと思います。大ヒットの額がハンパじゃない。大ヒットすると、家買って車買ってとかというのとはケタが違う。そこはカンパニーを起こしてスタジオ作るくらいの規模です。やはりある力、次からは思い通りの作品が作れるかもしれないという程の、莫大な金額が個人の手にはいってくるシステムなんでしょうね。日本はあり得ません。日本で大ヒットした監督を知ってますが、聞くと、家買った、車買ったという程度……小さいですよね(笑)。
わたなべ 監督は本当に儲からないですよね日本だと。
黒沢 プロデューサーも儲かりませんよ。儲かる事が幸せかどうか分かりませんが……。
わたなべ 先日ある監督の作品、制作費が三億くらいの作品で、監督料を聞いて驚きました。これぐらいなんだと。俳優の方が貰っている。
黒沢 ただもちろん、アニメの場合は分かりません。宮崎さんのように、あるヒットを出すことで、お金だけじゃないある力を手にして、それをもとに次回作にちゃんと反映できる自由ももてるという、まぁ少数でしょうけれど、アニメの場合はそれができているのかもしれませんよね。それは羨ましいことです。
宮地昌幸(以下、宮地) いや、あのジブリさんでも、意外にギリギリの所で戦っているのだと思います。
わたなべ そうですか。アメリカでは映画監督というとUSCやNY大学など特定の学校を出て、技術屋になっていますよね。MTVやCMなどから出て行く。すると作家性のようなものを出しづらい。
黒沢 僕もアメリカの大学生の作品を見ることはありますが、つまらない。
わたなべ 頭でっかちなんですかね。
黒沢 まずモノマネです。それでも最初はいいですが、そつないですね。無難です。おそらくある種の無難さを教えているのでしょう。だからある確立したシステムなのです。失敗の少ない産業システムのなかで機能する大勢の人の中で、ときどき全然違う個性が出てくる。それを受け入れられるのは、その他の無難さがあるからでしょうね。巧妙なシステムです。日本でも撮影所があった時というのはそうしたシステムもあったでしょう。今はもう……僕自身そうした世界を知らずにきているので、今の日本映画の無難さを知りませんが、それでも撮り続けるのは、最初から個性的でなくちゃいけなかったのです。ですから逆に今の若い人には最初から個性的でなくちゃいけないよと言っています。
わたなべ そういう意味ではリアルタイムで黒沢さんの『ドレミファ娘の血は騒ぐ』見た時は驚きました。
黒沢 ははは、すいません。いやいやその頃はそんな意識はありませんが、バカな事をやっていたのが今に続いている。
わたなべ 今はあんなに自由にはできませんよ。
黒沢 自由に作っちゃえばいいんでしょうが。今は作っても注目される事は少ないかもしれません。
わたなべ 知り合いの方でJホラーを作っている人がいるのですが、予算は70万だそうです。
黒沢 70万ですか……。
わたなべ 三日撮りで、アイドルのような女の子が主演で。でもルーティン以外に何もできないとも言っていました。
黒沢 ですが、そのなかで嫌でも作った者の個性が出てくる可能性はあります。
わたなべ ロジャー・コーマン製作作品などそうですね。
黒沢 アメリカでも、ある種の個性、タランティーノあたりからでしょうが、そういう物がある一方、非常にオーソドックスに良く出来ているからといって注目をあびることはなくなりつつあるのかもしれません。
わたなべ タランティーノを初期に評価したのもイーストウッドでした。カンヌ映画祭の審査員長をイーストウッドが務めたときに『パルプ・フィクション』にグランプリを与えた。『この作品は今の状況を象徴している新しい作品だ』の旨で。旧世代のアウトサイダーがちゃんと引っ張り上げてくれるのはいいですね。『レザボア・ドッグス』のスペシャル・サンクスにもあるようにトニー・スコットやテリー・ギリアムなどもタランティーノを評価した。
黒沢 ある意味でオーソドックスに無難に娯楽映画を作り続けている人がいて、その人々をどう評価するか……たとえばトニー・スコットとかですが。僕は個人的には評価していませんが、ある人々には人気があります。物語は非常にオーソドックスですが、演出はそれはオーソドックスとはとてもじゃないが言えない。変わってますがコンスタントに撮り続けていて、ちゃんとアメリカ映画を撮っている。
わたなべ 『ヒアアフター』のインタビューを黒沢さんにするとある方に言ったら、幽霊の話でもするの? と言われましたが、今作を観るとイーストウッドは幽霊にはそれほど興味がなさそうじゃないですか。死後の世界を描いてはいますが、語るべきストーリーの要素として出していて、特に幽霊に思いいれのあるようには見えない。
黒沢 ただ、かつては幽霊役を自分でやった人ですからね。
わたなべ 『荒野のストレンジャー』、『ペイルライダー』ですね。
黒沢 だから、物語的な幽霊というのは、つまり『実は生きているのでは?』という有り様は嫌いじゃないと思います。それが日本で考える恐ろしげな幽霊とは違いますが、物語的な生と死を乗り越えるってのは全然ありな人だとは思います。ですから、こないだの『ヒアアフター』のパンフレットの青山との対談でも、冗談のように、スピルバーグもイーストウッドに『あなた平気でしょう、こういう生と死をのりこえるやつ。昔さんざんやったじゃないですか』といってオファーしたのかなと(笑)。
わたなべ ちなみに黒沢さんはイーストウッドと会ったことがありますか?
黒沢 『アカルイミライ』でカンヌに行ったとき10メートルくらいの距離で見たことはあります。赤絨毯で「ああ、生イーストウッドだ」と見ていました。映画祭関係者の方が席をセッティングしましょうかと言って下さいましたが『勘弁して下さい』といいました。
わたなべ 何か自分の中で像を壊したくないということですか。
黒沢 それもありますし、嫌われたらどうすんだよと(笑)。
わたなべ 初恋みたいですね(笑)。
黒沢 遠くから見ているだけで充分。チャンスがあれば握手するとか写真とるのはいいですが、会うなんて事はとても。
わたなべ 緊張しますよね。自分は多分土下座してしまいます。今まで映画を信じさせて見させて頂いてありがとうと。
黒沢 緊張もしますし、聞きたい事もいっぱいあるわけで、動揺しちゃって、つい何か聞いちゃうと、むこうが『えっ?』とかいう顔したら、あああもう言うんじゃなかったとかものすごく落ち込みますから(笑)。
構成:わたなべりんたろう 協力:宮地昌幸、書き起こし/小泉宗仁 1/14収録
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