映画『ヒア アフター』公開によせて
黒沢清監督にイーストウッドのことを聞く
2011年2月19日(土)より、丸の内ピカデリー他全国ロードショー
クリント・イーストウッド監督の『ヒアアフター』が公開されるにあたって、イーストウッド映画のことを一度じっくり聞きたいと思っていた黒沢清監督にお話をうかがった。イーストウッド好きとして知られる黒沢監督だが、スピルバーグ作品やデジタル撮影に関してまで話しが及び、興味深い内容になった。イーストウッド作品が好きな宮地昌幸監督にも同席していただき、協力いただいた。黒沢監督、宮地監督共に忙しい中をありがとうございました。 (わたなべりんたろう)
わたなべりんたろう(以下、わたなべ) ちなみに『チェンジリング』は黒沢さんはどうでしたか?
黒沢清(以下、黒沢) すばらしかったですね。あの年は『チェンジリング』があって『グラン・トリノ』があった。『グラン・トリノ』はどうなの?という感じがあったのですが、映画としては『チェンジリング』の方がよかったです。
わたなべ 『チェンジリング』も親子愛の話でした。『ヒアアフター』も似たところがありますが、普通だったら解決して終わりなのに、『チェンジリング』は嫌な真相みたいなものを最後にみせるじゃないですか。集団の脱走で、その、幼児愛者みたいなのが囲っててみたいな。あの終盤は普通やらないと思うんですが。
黒沢 電気椅子だか、絞首刑まで出てきますよね。『この映画はどうなっちゃうんだ?』という瞬間なのですが、まぁそれがね、どうなるか分からないけれど、アンジェリーナ・ジョリーが私はまだ息子を信じますみたいな最後になる。もうむちゃくちゃになっているのに……それは壮絶な感じがしましたよね。
わたなべ 普通なら三幕もので終わるところを、最近のイーストウッドはその次幕をいつも見せたいのかなと。
黒沢 それはあるかもしれません。
わたなべ 最近そういう方向かと思ったら、『ヒアアフター』でまた違うところにいってしまったみたいな。映画化したい脚本を単に撮っているだけで、イーストウッド自身はあまり考えてないのかもしれませんが。
黒沢 もちろん相当考えているのだと思うのですけれど、最初言ったように、まずこんなの見たことないよねというのがもの凄く彼の興味を引く。前からあるでしょうこんなものはというと途端に興味を失う。いやこれないでしょうというと、ああ確かにやってみたいと興味を示す作家だと思います。
わたなべ みんなそれを依頼してるんでしょう。スピルバーグだ、ロン・ハワードだと他の人が持って来て。
黒沢 そうでしょうね。これ、自分じゃどうすりゃいいか分かんないけれど、きっとあの人ならやるだろうと皆もっていくのでしょうね。
宮地昌幸(以下、宮地) 普通だと、自分のところへ企画が来たら得意不得意もあるし、これはあいつのほうがいいなと、人間ってそうなるじゃないですか。でもどっかにイーストウッドは、企画が来たら「さぁやろうか」というふうな、いつでも現場にいる感じなのかなと思いました。自分が監督以外でプロデューサ−だけをしてとか思わないのじゃないですか。
わたなべ あんまりやってないですね。プロデュースオンリーはジャズドキュメンタリー以外だと『ヘンリエッタに降る星』ぐらいで。
宮地 自分が監督として企画を受けてみたいかどうか。前提として、企画は全て引き受けたいとさえ思っているのでしょうね。
わたなべ それは黒沢さんが言ったみたいにスタッフががっちりある。マルパソがあって、編集マンがいて、カメラクルーがいて、そこにイーストウッドがいれば撮れる。自分専用のスタジオみたいになっていて。
黒沢 そうですね、現場の感覚で言うとですね、本当に信頼できるスタッフがいて、かつ俳優が文句を言わないという前提があると、なんでもやってみたくなります。僕の経験ですとスタッフとは事前打ち合わせからかなり仲間というか同じ方向を向いているんですが、問題は俳優、しかも主演俳優なんですね。ハリウッドだと一層そうですね。主演俳優の意向で全部変わってしまう。ただ、当然イーストウッドぐらいになると、おそらく主演俳優は、いやなんでもやりますと、またそういう人しか彼も使わなかったりして。聞くと、イーストウッドは特に何も言わない、適当にやってくれと、何やってもOK。ただ何やってもOKという前提は、初めからそういう関係を作っている。俺イーストウッドだからよろしくみたいな。その関係ができあがっていると。そうなると次々と大胆なことを試したくなると思いますね。
わたなべ ウッディ・アレンに近いかも知れませんね。積極的に俳優も出たがるし。しかしマッド・デイモンは特殊ですよね。二作連続で。次はディカプリオでFBIのエドガー・フーバーらしいですが。
黒沢 だからやっぱり権威があって、かつ主演俳優だったというところで、俳優は文句は言えない。
わたなべ 俳優の気持ちが分かる。
黒沢 そういう前提なんですよ。これは強いですよ。羨ましいです。ある種の劇団の主催者でもそういうのがあるでしょうね。俳優が製作を妨げないうえに、スタッフも仲間となると、どんな変わった物を作ってやろうかという気になるんでしょうね。
わたなべ 監督二作目の『愛のそよ風(BREEZY)』でいきなり大物俳優のウィリアム・ホールデンを使ってるじゃないですか。そこで学んだのかもしれませんが。
黒沢 僕は逆で、スタッフはもちろんなるべく意図にそってやってもらいたいと思うのですが、俳優は僕の意図と違う事をやってくれたらどんなにいいだろうかと期待も同時にあるんです。物語はよくあるものでも、この主演俳優だと全然違って見えるかもとか、俳優は僕には無い意図した物とは違う物を期待するところがありますがイーストウッドは違います。好きにやってよ、でもこの枠でねという。スピルバーグなんかやっぱりかわいらしいのが、俳優にそこはかとない期待と不安があるだろうなという感じがする。イーストウッドは『ヒアアフター』でそれほど有名でもないフランスの女優を使って案外思い切ったキャスティングしますよね。スピルバーグでしたら、知られたマチュー・アマルリックやナタリー・バイですとか、かつてはトリュフォーまで使う。スピルバーグだとフランスが絡むと、結構自分でも手に終えないかも知れないけれど、ある強烈なフランスの個性をつい映画に出したくなるところです。
わたなべ そうですね。
黒沢 インディージョーンズ最新作にはジョン・ハートが出てまして、そういうのが好きなんですね。
宮地 スピルバーグは若手の作品とかも見てて、批評家的なスピルバーグも同時にいるような気がするんです。イーストウッドは他の作品にあまり興味がなさそうな気がします。それが映画に対する距離というか強度の違いがあって面白いなと。凄く尊敬して祈るように映画の神に近づきたい人と、興味がないのに映画の神の気を引く側と。
わたなべ 俳優も、この人どうと言われて使っているみたいなところが。
宮地 そうそう、映画史って何?みたいな感じだと思うんですよね。
わたなべ それは武さんもそうですよね。『監督・ばんざい!』でインタビューしたときに、映画音楽の担当者が変わったので『イーストウッドみたいに武さん自身が音楽をやる気はないんですか?』と聞いたら、『イーストウッドは自分で音楽もやるんだ』と武さんは言っていました。そういうことよりも、武さんが自身の映画をどうするかを強く考えている。
黒沢 それで撮り続けられればいいですよね。ですがイーストウッドは意外に映画好きだったという話しも聞きます。アメリカ人は映画好きですからね。
わたなべ 黒澤明映画好きなどを公言していますね。
黒沢 インタビューなどでそれなりに映画の知識を話すものだから、フランス人とかもメロメロになるんですよね。この人シネフィルだと。ですが最新作をこまめに気にしたりはしませんよね。
わたなべ おそらくそうでしょう。撮影でいうと、以前はイーストウッドは暗い照明を使うほうでした。『スペース・カウボーイ』や『ミリオンダラー・ベイビー』の車内のシーンでしたり。
黒沢 あれはドン・シーゲルゆずりなのでしょうね。ドン・シーゲルはまっ暗でしたから。照明なくて安上がりだしというB級の発想ですよね。照明たけない時はどうするか、真っ暗でやってしまえ、というのはドン・シーゲルから得た物だろうと思います。
わたなべ スピルバーグの撮影監督のヤヌス・カミンスキーは撮影がキラキラしてるじゃないですか。
黒沢 そうですね。カミンスキーは暗いところは落としますけれど、その中でグッと浮き出る物は浮き出るようにしています。
構成:わたなべりんたろう 協力:宮地昌幸、書き起こし/小泉宗仁 1/14収録
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