話題作チェック

サウダーヂ

( 2011 / 日本 / 富田克也 )
土から来た言葉

鈴木 並木

『サウダーヂ』1現代地方都市の郊外、街道沿いのケバいネオンが作り出すまぶしい闇。そのにっちもさっちもいかないありさまをあまりにもどぎつく、かつやるせなく描いた『国道20号線』(2007年)で各方面に鈍痛のような衝撃を与えた映像制作集団「空族」が、最新作『サウダーヂ』(富田克也監督)をついに完成させた。劇場一般公開に先がけて、吉祥寺バウスシアターで開催される第4回爆音映画祭にて、26日夜、ワールドプレミア上映される。

舞台は山梨県甲府市。画面を占拠するのは、派遣労働者として土方で働くヒップホップ・グループのクルーと彼の元恋人、土方ひとすじの男とセレブに憧れる彼の妻、どこか浮遊感のあるタイ帰りの男、タイ人ホステスたち、日系ブラジル人たちのヒップホップ・グループなどなど。監督自身は本作に、「土方・移民・ヒップホップ」との簡潔にして的確なキャッチフレーズを与えていたが、ただしそのみっつはそれぞれ独立した要素ではなく、解きほぐせないほどにからまりあって転がり続ける。ミチからマチへ、平面から立体へ、個人から社会へ、直線から混沌へ。国道20号線の先に展開する広大な景色をわしづかみにする馬鹿力に、まずはただ息を呑む。


『サウダーヂ』2ここにあるのは、土にしっかと根を張り、にょきにょきと生えてきたパワフルな言葉だ。空族は昨年、本作の取材のために撮りためた映像を編集した『Furusato 2009』を上映したが、そこにあったのは、スケッチブックを見るような生の言葉だった。長い予告編のつもりで『Furusato 2009』を見ていたわたしたちは、『サウダーヂ』では言葉がより研ぎ澄まされ、フィクションの中になめらかに溶け込んで新たな命を持っていることに驚くだろう。せっぱつまったユーモアと、ぎりぎりの場所から生まれる怒り。

たとえば、ヒップホップ・グループ「アーミービレッジ」のクルー・猛(演じるのはstillichimiyaの田我流)が、先輩たちに連れて行かれたタイパブで土方の稼ぎを浪費した帰り道のシーンを見よ、いや聞かれよ。岡林信康の「山谷ブルース」を弾き語るじいさんになけなしの小銭を投げたあと、さびれたアーケードを歩きながら、憤懣をぶつけるように、自分を鼓舞するように、ライムを繰り出す。そこにあるのは彼の声だけ。バックトラックは流れない。かき鳴らされるべきギターもない。低音をワルな感じでブーストさせてくれるカーステレオもない。ウォークマンやiPodもない。歌ですら自給自足。究極のインディペンデンス!

そんなのっぴきならない言葉の力こぶを、隙あらばじわりじわりと塗りつぶそうとする薄っぺらい言葉が氾濫しているのが、『サウダーヂ』の世界。猛の試みも、元カノのまひるにかかると「ヒップホップも結局はブラック・パワーじゃん?」などといったもっともらしいフレーズで回収されてしまう。パーティ会場での議員のあいさつや、作中で何度も繰り返される「日輪水」のCMソングも同様。あまりにも安っぽいハリボテの言葉に感心しつつあきれかえっていると、その安い切れ味がどこかしらやさしく耳にしのびより、いつのまにか、かえって真実のように響き始める。

『サウダーヂ』3こんなはずじゃなかった、という逆転はいたるところに見られる。猛が歩くのは、かつては街の中心だった、いまはさびれた“中心”街、誰もいない“繁華”街。彼が仕事をもらいに行く人材派遣会社の担当者は、日本語も流暢とは言えない日系ブラジル人。ロクな仕事にありつけない猛が思わずこぼす、「オレ、日本語しゃべれんだけど」。これが現在だ。世紀末をいつのまにか通り過ぎたわたしたちの暮らす現実は、北斗の拳みたいに分かりやすく荒廃してはいない。身長3メートルの男たちが、トゲのついたバイクを乗り回していたりはしない。救世主もいない。ただ単に、いままで当たり前に存在していたお題目をかかげた金看板が、スローモーションでいつまでもどこまでも落下し続けていくのが見えるだけだ。そしてそれすら見えない奴がいる。

ここにあるのは、新しい日本語だ。前述の人材派遣会社で猛が発した「山王団地」を、日系ブラジル人は「サウダーヂ」と聞き誤る。また、フィリピーナの女とブラジルの男が作る家族が、ブラジルに帰るかどうかについての話を、ポルトガル語、タガログ語、英語、日本語をチャンポンにして展開する。不意に混入する日本語がすぐには日本語に聞こえてこない、そんな瞬間。耳をそばだてて聞くべき日本語があふれる日本映画。


これみよがしのアクションは、ない。小気味いいカット割りが見る者を驚かせたりもしない。それぞれの顔に責任を持った役者たちが絶妙の呼吸で放つ言葉に、耳を澄ませばいい。空族が撮らなかったらなかったことにされていたかもしれない甲府盆地の風景の数々、その豊穣な空虚に眼を凝らせばいい。音が物語を前進させる。前触れとしてやってくる次の音が、観客を先へ先へと導いてくれる。

『サウダーヂ』4そして、音楽。富田監督はこれまで、既成曲を楔のように映画に打ち込んできた。『雲の上』(2002年)では薬師丸ひろ子の「あなたを・もっと・知りたくて」を、『国道20号線』では安室奈美恵の「CAN YOU CELEBRATE?」を、それぞれ鮮やかに使ったことは忘れがたい。『サウダーヂ』では、stillichimiya≒アーミービレッジと、それに対抗することになるブラジル人たちのグループ、スモールパーク(このふたつのグループ名には要注目)の吐き出すヒップホップが要所要所を引き締めているけれど、ここぞというところで響くのは、またしても既成曲だ。映画のほぼ終わり近く、もっと続いてほしいと願っているうちに終わってしまう、甘くて苦い夢のような場面を彩る、ふた昔前の曲。あの時間、あの場所にはまさに的確なチョイス、ただし、特定の世代以外には通じにくい、ある種のノスタルジーなのではないかという危惧も、若干なくはない。

始まりも終わりもない現実にぺろっと舌を出すようにして、映画はとりあえずの線を引かれて、しかし必然的に、終わってしまう。あるひとは「まあこれでいい」とうなずきながら、またあるひとは「おいおい、ほかの奴らはどうなったんだ」とモヤモヤをかかえたまま、映画館をあとにするだろう。映画が終わってからも、ここで出会った人物たちが甲府のどこかで、そしてわたしたちの中で、生き続けているのを感じる。そうした映画がそうそうないことは、分かっている。だからわたしは、また何年後かに『サウダーヂ』の連中に再会できることを祈っている、いや知っている。それはもはや、期待ではない。

(2011.6.23)

サウダーヂ 2011年/日本/167min/35㎜/カラー
監督:富田克也 脚本:相澤虎之助/富田克也 撮影:高野貴子 録音・音響効果:山﨑厳
助監督:河上健太郎 編集:富田克也/高野貴子
エグゼクティブ・プロデューサー:笹本貴之 プロデューサー:伊達浩太朗/富田智美
出演:鷹野毅,伊藤仁,田我流(from stillichimiya),ディーチャイ・パウイーナ,尾﨑愛,工藤千枝,デニス・オリヴェイラ・デ・ハマツ,
イエダ・デ・アルメイダ・ハマツ,野口雄介,村田進二,中島朋人(鉄割アルバトロスケット),亜矢乃,川瀬陽太 ほか
制作:空族/『サウダーヂ』製作委員会 (c)廣瀬育子
公式

2011年6月26日(日)20:10~爆音映画祭2011
(吉祥寺バウスシアター)にてプレミア上映
20011年秋公開予定

作品集-JUST-
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One Peach
One Peach

2011/06/23/22:41 | トラックバック (0)
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