内田伸輝 (映画監督)
杉野希妃 (プロデューサー、女優)
映画『おだやかな日常』について
2012年 12月22日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開
前作『ふゆの獣』で、4人の男女が織りなす生々しい感情の応酬に人間の業を見せ、驚きを与えた内田伸輝監督が、新作『おだやかな日常』の舞台に選んだのは震災後の東京。目に見えない放射能は、この地で暮らす人々の元にも忍び込みながら、以前と変わらない日常を営ませるように一見見える……、が、閉塞した世界で起こる数々の衝突には人の心の闇が映し出され、我が身を振り返り胸に深い痛みを覚えた。そして失敗から立ち上がることができる人の強靭さに、未来の光を感じた……。俳優から濃密な感情を引き出す即興の演出で、これまでの震災映画にはなかった「震災後の世界に生きる人」の姿を見事に描いた内田監督と、困難な企画に賛同しプロデューサーと主演を務めた杉野希妃さんに、東京フィルメックスの会期中にインタビューを行った。おだやかな午後、映画祭の晴れがましい高揚感にも包まれながら、とても真摯に言葉を選んでそれぞれに込めた思いを語ってくださった。(取材:深谷直子)
――子供を守ろうとする母親の映画では塚本晋也監督の『KOTOKO』(11)もありましたが、こういう作品を撮ろうとするのが男性の監督ばかりというのも興味深く思えるんですよね。
内田 もちろん自分自身女性のことを100%理解しているわけではないですし、自分にも子供がいないので、世のお父さんお母さんの悩みというのも100%理解しているわけではないんですけど、やっぱり「女性を描く」っていうことの面白味というのが塚本監督にも僕にもあるのかなあと思いますね。それが何なのかはちょっと分からないんですけど。『ふゆの獣』でも女性が主役でしたし、女性が好きだからだと思いますね。
――子育て以外にも、震災後の問題がいろいろと描かれていて、例えば仕事を探すのにもみんな苦労していますよね。ひとりで子育てしなければならないサエコもそうですし、フリーライターのユカコも仕事が来なくなることを心配していますし、ユカコの夫のタツヤの会社でもリストラがあります。内田監督は映画作りの他にも映像のお仕事をされていますが、ご自分の実体験なども投影されているんですか?
内田 そうですね、実際に仕事が減るというのはたくさんありましたね。僕は結婚式のビデオアルバムを作る仕事もしていて、震災のあった3月というのは結婚式が割と多いシーズンなんですけど、震災によって驚くぐらいたくさんのキャンセルや延期があったんですね。会社単位でも相当の影響を受けていますし、ユカコはフリーライターなので現実的に仕事がキャンセルされちゃうような状況だったと思うんですね。一方、サエコは離婚をきっかけに働かなきゃならないという状況があって、幼稚園だと14時から15時にはお子さんを引き取らなきゃならない。保育園だと19時とかまで預かってもらえるというのはあるので、そのほうが働きやすい。だから保育園に切り替えたいという方もいるんですが、保育園には共稼ぎだとか離婚しているとかそういう条件がないと入れないんですよね。サエコの場合はまだ離婚はしていない、夫が帰ってくるかもしれないという状態で、保育園への申請をしようかどうか迷っているという、そういう状況ですね。
――ああ、サエコのそこまで細かい事情というのは映画を観ても気付かない部分だと思うんですが、そういうのがキャラクターの背景を作り込んでいるということなんですね。保育園の入園条件についてはリサーチなどされたんですか?
内田 僕自身も両親が共稼ぎで保育園だったので、知っていたということもありますね。
――キャラクターに『ふゆの獣』と同じ役名が使われていますよね。ユカコ、サエコ、ノボルと。それは何か意図があるんですか?
内田 ユカコに関しては、もちろん『ふゆの獣』とはまったく関係なく新しいユカコなんですけど、『ふゆの獣』と同じくひとつのことに集中していくという性格づけとして「ユカコ」にしたんです。石井隆監督の「名美」シリーズというのがあって、「名美」っていう女性がたびたび登場するんですよね。そういうのが好きで、同じ名前の方を出すっていうのをやっています。で、サエコとノボルに関しては、僕の中では『ふゆの獣』の続きとして、サエコとノボルが結婚したんだっていう。
――えっ、そうなんですか!?
杉野 ああ、そうだったんだ、って私もあとから聞いてびっくりしました(笑)。確かに繋がっているなあって。
――サエコは女の子らしく一途に思い詰める感じで……、
杉野 ノボルは女好き(笑)。
――どうしてしっかりしたサエコがこんなにつまらない男と結婚しちゃったんだろうと思っていたんですけど、そういうことでしたか(笑)。これから内田監督の作品を観続ける上での楽しみな部分ということですね。それぞれのキャラクターについて詳しく伺いたいんですけど、ユカコは本当に強くて、震災についてひとりで一生懸命考えますね。
内田 ユカコに関しては、やっぱり元々のこの題材をやろうとしたときの発端でもあったので、震災後の風潮への僕自身の疑問が込められていますね。ツイッターとかネット上の意見とかを見ていると、不安であるとかどう対応していったらいいのかという思いをすごく吐き出しているのに対して、現実の世の中にはそれを弾圧するかのように押さえ付けるという風潮があることへの疑問が。僕は子供がいないので、子供のことは置いておいてユカコとタツヤだけの話にしようとしていたんですけど、ネットを見て知ったお母さんたちの不安な思いも投影したものがユカコという人物になっていますね。
――その夫の山本剛史さん演じるタツヤは、ユカコのことを思いながらも会社にも気を遣って、山本さんは先日の舞台挨拶で「優柔不断」っておっしゃっていましたけど、今の時代の男性のリアルなキャラクターだと思いました。
内田 タツヤは優柔不断と言えば優柔不断なんですけど、自分の奥さんに対してすごく優しい男というふうに僕は捉えていて、だから夫婦ゲンカなんかも極力抑えて、まず相手の話を聞こうという姿勢をタツヤに対しては投影したかったというのがありました。
――タツヤ役のキャスティングも意外でした。山本さんは山下敦弘監督作品などで個性的な役を演じることが多いですけど、今回は本当にいい人の役で。
杉野 監督と一緒に話し合って決めたんですけど、本当に素晴らしい役者さんなので、二枚目的な役をやったらどうなるかと。
――私も山本さんの顔がとても好きなので、「これは!」と(笑)。
杉野 そう、二枚目的な役をやったら絶対ハマる!っていう話をして(笑)。エキセントリックな役を多くなさってるんですけど、ご本人はとても真面目で包容力のある方なので。
内田 会ったらもう「タツヤだ!」っていう空気を既に持っていましたね。
――ユカコとタツヤの夫婦は、サエコとノボルの関係とは対照的ですよね。
杉野 見ながら羨ましくなっちゃいましたもん、すごく(笑)。優しくて包容力があって受ける姿勢があるダンナを持っててユカコはいいなあ、私のダンナは……、って(笑)。
内田 ノボルに関しては、実際震災が起きたことで人生観が大きく変わっていって、彼のように“震災離婚”をする人がいたり、逆にもちろん震災を機に結婚する人もいましたし。本当に自分にとって大切なものは何なのか、っていうことに震災によって気付かされたと思うんですよ。だからノボルをあえてフォローするならば、本当に好きな人はサエコじゃなかった、だから悪いけど僕は本当に好きなところに行くよ、っていう彼なりの誠意だと。
杉野 ある意味ストレートで本当に素直な人なんだなあって。
内田 最低っちゃ最低ですけどね(笑)。
――そういう二組の家族が隣同士で暮らしているという設定も面白いですよね。
内田 マンションとかだと隣のことが意外と分からなかったりするので、隣の人が何を思っているのか分からないまま日常を過ごしているんですけど、ひょっとしたら隣の人も自分と同じことを思っているのかもしれない。隣同士同じことを考えているんだけどすれ違っていくという話にしようというのはありましたね。