映画『サーミの血』トークイベントレポート【6/7】
宮台真司(社会学者)× 榎本憲男(小説家・映画監督)
新宿武蔵野館、アップリンク渋谷にて絶賛上映中!ほか全国順次公開
公式サイト 公式twitter 公式Facebook (取材:深谷直子)
観客 終盤で主人公が妹を水に浮かべて「浮いているような気がする」と言っているシーンが、すごく身体的だなあというふうに思いました。あのシーンについてはどう思いましたか?
榎本 妹を水に漬けるシーンでは、僕は別の映画の似ているシーンを思い出したんです。それは『ムーンライト』(16)。あの中でヤクザな黒人のおじさんが主人公を水に漬けて「自分らしく生きろ」と言うわけです。『ムーンライト』というのは黒人の主人公が自分らしく生きてはみたものの、この社会は自分らしくは生かしてくれなかった、という苦い環境を描く映画だと思います。で、この映画でも妹に対して優しさがあって「あなたはあなたの生きたいように生きなさい」と言っていると思うんですよ。なぜかと言うと妹を連れてまず町に行くときにボートの上で、自分はもうとにかくスウェーデン国民になりたいという意思が固まっているのに、妹には「目を閉じて歌を歌えば山の声が聞こえるでしょう?」と言っているんですね。だからさっき言った一色で染め上げられていない両義性があって、妹には妹なりの解放みたいなものを与えるシーンだと思いますね。映画だと多分水に漬けるってそういうときが多いですよね?
宮台 榎本さんがおっしゃったとおりで、もともとは水というのは、日本的に言えば「すすぐ」という意味だけど、抽象的に言うと「死と再生」っていう意味があるんですね。で、そこでは「ビフォア&アフター」の違いが意識されている。つまり水を通じて榎本さん的に言うと両方の意味があるんです。したがって水というのは移行儀礼、通過儀礼の中核にあるし、忘れていたものをそれで思い出さなければいけないし、あるいは見ないでいたものも思い出さなければいけないし、ということで、死と再生、つまり自分がもともとは何であって何になろうとしていたのかを思い出すツールとして使われますね。
観客 この話はアイデンティティを描くのではなくて、境界線、マージナルマンの話であり、彼女はマージナルマンというあらゆる世界を相対化していてしまう存在だからこそ、ちょっと虐げられたりするのだと思います。先ほど最後の許しというのが何に対する許しだったかという問題が出ましたが、僕はマージナルマンだったということで自分に対する許しというのもあったのかなと思ったのですが。
宮台 マージナルマンとかマージナルパーソンというのは周辺人と言って、定住社会の中核に座ることができない人なんですね。質問者のおっしゃった意味は恐らくメンタルな意味なんです。彼女は本来マージナルパーソンであったはずなのに、そのことを忘れて中心に行ったんですよ。中心に座った存在として過去のことは思い出さないようにしていた。だから過去のことを思い出すような妹の弔いに行きましょうと言われて「いやだ、行かない」と言ったんですね。思い出すのは一切いやだと。僕の解釈だと単純なことです。「なりすまし」というキーワードで言うと、なりすましでいるべきだと、つまり自分が周辺人であることを忘れるべきではなかったのだと考えます。先ほど榎本さんがおっしゃったように、誰もが幸せに生きる権利があるし、幸せに生きるということは当たり前のことなんです。しかし周辺人であり、もともと尊厳を傷つけられていて、身体検査を受け、メトロノームに合わせて踊れないということも、観ている人にとっては痛い気持ちになると思うんですね。彼女自身もそれは痛かった。しかしそれをすべてなかったことにして、定住民でござい、というふうになりすましを忘れたことについての謝罪だったと僕は考えました。じゃあなぜ彼女がそれを謝罪するのかと言うと、彼女自身が実はわかりやすく言うと満たされていなかったから。そういう理解なんですね。
榎本 多分宮台さんの解釈って、物語を素直に読むと結構アクロバティックなんですよ。もうちょっと言うとちょっと無理があるっぽいんだけど、解釈としては気持ちがいい。なかなかみんなそっちまで読めないんですよ。難しい映画だよね。インテリ向きだよね(笑)。
監督・脚本:アマンダ・シェーネル
音楽:クリスチャン・エイドネス・アナスン
出演:レーネ=セシリア・スパルロク、ミーア=エリーカ・スパルロク、マイ=ドリス・リンピ、
ユリウス・フレイシャンデル、オッレ・サッリ、ハンナ・アルストロム
2016 年/スウェーデン、ノルウェー、デンマーク/108 分/南サーミ語、スウェーデン語/
原題:Sameblod/DCP/シネマスコ―プ
後援:スウェーデン大使館、ノルウェー王国大使館 配給・宣伝:アップリンク
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