インタビュー
イヴァーノ・デ・マッテオ監督/『はじまりの街』

イヴァーノ・デ・マッテオ (監督)
映画『はじまりの街』について【1/4】

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2017年10月28日(土)より岩波ホールほか全国順次ロードショー

『幸せのバランス』(2012)のイヴァーノ・デ・マッテオが、イタリアを代表する女優であるマルゲリータ・ブイとヴァレリオ・ゴリーノを迎えた長編6作目となる『はじまりの街』が10月28日(土)より岩波ホールほかにて公開される。家庭内暴力と、それに晒された母と子の再生に目を向けた(ここに登場する大人の男のほとんどは暴力的で支配的な者ばかりである)本作において、マッテオはDVそのものというよりも、問題や危機が機能不全家族に及ぼすその後の余波をじっくりと見つめていく。また、トリノの街並みを切り取っていくと同時に、見知らぬ土地で低賃金の清掃業に働き口を見つける母親、性産業に従事する東欧からの若い移民女性、苦しい過去を背負うフランスからの移民男性などの厳しい現実を浮かび上がらせる。いわばマッテオの作風は、人生は困難であるという承認とそれでも人生は続くという認識に等しく支えられたネオレアリズモの系譜にあると言えるだろう。
第17回イタリア映画祭に合わせて来日したイヴァーノ・デ・マッテオ監督にお話を伺った。 (取材:常川拓也)
イヴァーノ・デ・マッテオ 1966年1月22日、イタリア・ローマ生まれ。劇団での活動を経て、 1990 年俳優としてのキャリアをスタートさせ多くの作品に出演。 99 年には初のドキュメンタリー作品「Prigionieri di una fede」を手掛け、短編「Provocazione」 (00)を発表。 2002年に「Ultimo stadio」で長編劇映画の監督デビュー。短編「Pillole di bisogni」(08)、オムニバス映画「All human rights for all (Art. 10の章) 」(08)に続き、長編ドラマ「La bella gente」(09)、テレビシリーズ Crimini の第2エピソード「Niente di personale」(10)を制作。 2012年に発表した『幸せのバランス』は、ヴェネチア国際映画祭に出品され、主演のヴァレリオ・マスタンドレアにヴェネチア映画祭パシネッティ賞男優賞をもたらした。またマスタンドレアはイタリアのアカデミー賞ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞主演男優賞を受賞。 2014年『われらの子供たち』(2015年イタリア映画祭上映)では、アレッサンドロ・ガスマンがナストロ・ダルジェント賞主演男優賞を受賞。本作『はじまりの街』は長編6作目となる。マッテオは、監督、ドキュメンタリスト、俳優として、映画のみならず、舞台、テレビ等でも幅広く発信を続けている。
STORY アンナは夫のDVから逃れ、13歳の息子ヴァレリオとローマからトリノへ引っ越してきた。学生時代からの親友カルラは快く二人を迎え入れる。新しい街。新しい生活。だが、再スタートの基盤を築くのはそう簡単なことではない。苛立ちと孤独を抱えた親子の気持ちはすれちがっていくばかりだった。そしてある朝、アンナとヴァレリオに小さな奇蹟が訪れる――。
イヴァーノ・デ・マッテオ監督 『はじまりの街』
──冒頭の長回しをはじめとして、カメラはトリノの街並みを美しく捉えていると同時に、そこに暮らす様々な街の労働者の姿を浮かび上がらせています。今回のヴァレリオも『幸せのバランス』の父親ジュリオも街中を行くあてもなく彷徨っていますが、それはイタリアの厳しい現実を映し出すネオレアリズモの系譜にあるように思えます。

マッテオ ネオレアリズモというのは、イタリア独特の戦後50年代頃に生まれた最も強かった流れですが、私は自分の映画は「ネオ・ネオレアリズモ」だと思っています。というのも、ネオレアリズモではないというのは、50年代の社会の問題といまの私たちの社会の問題は全く違うものであり、比較するのは難しいからです。しかし戦後が終わったからもう問題はないのかと言えば、決してそうではないわけです。私は、戦争の体験は全くありませんが、毎日の小さな戦いはたくさん目にします。だから私も共同脚本のヴァレンティーナ・フェルランもそういったイタリアの現実を語っていくことにとても興味があります。いまの現実の社会では幸運なことに戦争はないですが、それでも小さく燻っている火種は色々あるわけで、それが『はじまりの街』ではDV、『幸せのバランス』では離婚、あるいは『われらの子どもたち』(2014)ではブルジョワの男の子たちの暴力に焦点を当てました。私たちがやりたいことは、小さな火種に問題はあるということにスポットを当てることなのです。

──ヴァレリオは自分の精神的な安静を懸命に保とうとします。彼は学校で友だちができず、夕方から公園に立っている売春の少女に心を寄せていきますが、寂しさを埋める相手として、あるいは性への目覚めとしてはストリート・ガールというのは刺激が強すぎるようにも思えます。なぜそのような設定を考えられたのでしょうか。

マッテオ これは愛の物語だけれども、ヴァレリオたちは様々な暴力に囲まれた状態にあります。父親の母親に対する暴力もそうですが、トリノに着いてすぐにヴァレリオは近所の人が喧嘩してるところに遭い、あるいは自分が心を寄せた売春婦に対する客の男の暴力を目撃します。それから子どもたちの間にも暴力があります。子どもたちといってもそんなにいい子なわけではなく、よそ者が来ても簡単には受け入れない。ヴァレリオが転がってきたサッカーボールを拾って投げ返してあげても遊んでた子たちはお礼も言わないし、その後で彼がその子たちが通った時に石を蹴って自分がサッカーができることをさりげなくアピールするが無視されます。そういったことも一種の暴力として描いています。また、トリノのような大都会で孤独に夜ひとりで彷徨っていたらどんな人に会うかと言ったら、あのようなストリート・ガールみたいな場合もあると思います。ただ、あの場合、まだ彼は最初はそれほどセックスに惹きつけられているというわけではなく、彼女を擬似ガールフレンドのような友だちだと認識しています。実際に彼女が商売をしているところを目撃することで彼の中に変化が生まれる。その時に石を投げつけ暴力が発露しますが、それはある意味では彼が子どもから男になっていく変化を表しています。変化というのは、歯が生えてくるように、痛いものです。歯が生えてくるような変化は痛いけれど、その歯もその後に何かを食べるために役に立ちます。変化は痛いということを表したいと思いました。

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はじまりの街 (2016年/イタリア=フランス/107 分/5.1ch/シネスコ)
監督:イヴァーノ・デ・マッテオ 「幸せのバランス」「われらの子供たち」
出演:マルゲリータ・ブイ「はじまりは5つ星ホテルから」「母よ、」、ヴァレリア・ゴリーノ「レインマン」「人間の値打ち」、アンドレア・ピットリーノ、ブリュノ・トデスキーニ
原案:ヴァレンティーナ・フェルラン 脚本:ヴァレンティーナ・フェルラン、イヴァーノ・デ・マッテオ
撮影:ドゥチオ・チマッティ 編集:マルコ・スポレンティーニ 美術:アレッサンドロ・マラッツォ
衣装:ヴァレンティーナ・タヴィアーニ 音楽:フランチェスコ・チェラージ
原題:LA VITA POSSIBILE/英題:A POSSIBLE LIFE 配給:クレストインターナショナル
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2017年10月28日(土)より岩波ホールほか全国順次ロードショー

2017/10/18/19:41 | トラックバック (0)
常川拓也 ,インタビュー
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