今週の一本
(2006 / ベルギー・フランス・イギリス / パスカル・フェラン)
泥んこ道を二人

膳場 岳人

レディ・チャタレー1 ごく最近、ロレンスによる小説『チャタレイ夫人の恋人』を読み、リアルで親密な性描写や、階級の崩壊を企図する作者の人生哲学にすっかり敬服した。この映画版は、現在広く流通している第三稿ではなく、植物の描写が濃厚で枚数も長い第二稿を基にしているらしい。だがアウトライン、セリフ、細部の描写にいたるまで第三稿を読んだ印象と殆ど変わらなかった。

 裕福なラグビー家に嫁いだコニー・チャタレイは、夫のクリフォードが戦争で負傷、下半身麻痺に陥ったことから、夫の介護に明け暮れる毎日。失われていく若さと心労で体調を崩した挙句、使用人である猟師パーキンスと恋に落ち、性の喜びに目覚めていく――。

 という有名すぎるあらすじを、映画は忠実に丹念に綴っている。原作前半にあった小説家との不倫劇をバッサリと割愛したり、「子を残す」ために他の男と関係を結ぶことを切り出すのがクリフォードではなくコニーだったりするあたりが大きな変更箇所ではないか。もう一つ、第三稿のラストには離婚を切り出すコニーと、慰留に努めるクリフォードとの直接対決があるのだが、そこもカットされている。第二稿にその場面があるかどうかは不明だが、少なくとも第三稿で一番面白いのはその場面なのだ。

レディ・チャタレー2 間男の正体が自分の使用人であることを知ったクリフォードは、「あの下層民が! あの生意気な田舎者が! あの下卑た無頼漢が!(中略)ああまったく、女性の汚ならしい堕落には際限がない!」(伊藤整/伊藤訳)と激怒する。支配層の奢りが剥き出しとなった強烈なセリフで、ここにいたり、コニーは少しだけ残っていた夫への愛や憐れみをすべて失う。しかし映画はそうしたエモーショナルな場面を回避するがごとく、そこに至る直前で唐突に幕を引く。

 この割愛はかなり象徴的である。エンディングに限らず、人物のやり取りによって客のエモーションが高まりそうになると、この映画はことごとく性急な暗転に持ち込んでしまう。だから期待したような濡れ場もあっさり切られるパターンが多く、総じて淡白である。音楽も可能な限り排し、客の情感の高まりをなるべく阻止しようと努力する。それが対象に対する一定の距離感を最後まで保たせる効果を挙げており、批評性に富んだ作り手の知性を感じさせるし、恋愛映画を作り飽きたフランス人の映画らしい、大人びた風情を醸し出す。しかし、抑制が効き過ぎて何とも退屈な映画になっちまったなあ、というのが偽らざる感想である。

 とはいえ見どころは多い。パーキンスとの初めての交接において、コニーは行為に溺れるでも情欲に狂うでもなく、当惑とぎこちなさを顔に浮かべたまま初戦を終える。何かとドラマティックに盛り上げようとしがちなこうしたシチュエーションで、「まあまあ良かった」程度の描写にとどめる品位は捨てがたい。逢瀬が重なるなかで徐々に開放的になり、ついに「一緒に愉しめた=一緒に絶頂を迎える」ふたり。その後は絵に書いたようなエデンの至福がいっときスクリーンを占拠する。

レディ・チャタレー3 全裸の男女が自然のなかで奔放に走り回る光景は見ていて気持ちがいい。雨に打たれ、泥んこになって地面で交わるふたりの姿からは、胸いっぱいの幸福と原初的な官能が放埓にほとばしり、息がつまりそうになる。だからこそ、もっと泥まみれのセックスシーンを長々と見せるべきだ、見たい、と思うのだが、ここでもやっぱりつまらない暗転が欲望を阻止するのであった。こう考えると、身も蓋もない濡れ場の連続をモットーとする日本製ピンク映画は、贅沢なメディアなのかもしれない。

 コニー・チャタレイを演じるマリナ・ハンズは、原作のイメージ通り、どことなく田舎臭さを残したキャラクターを熱演。そばかすの浮いた形の良い乳房や美しい腰のラインも魅力だが、引きしまった二の腕がもっとも目を引いた。森番パーキンスを演じるジャン=ルイ・クロックは、禿げかかった頭髪に中年太りと決してセクシーでなく、阪神タイガースの中継ぎ投手・久保田を思わせる。そのくせ何を血迷ったか一糸まとわぬヌードを披露。リアルと言えばリアルだが、別にそんなもん見たくないわ。しかし彼が素っ裸で、無心になって草原で花を摘む場面の愛くるしさは絶品である。

 また、ほんとうの主役とも言えそうな森林の映像もなかなかのもの。木々のこすれ合う音、小鳥のさえずり、小川のせせらぎ、そうした自然界にあふれる音を丹念に拾った音の演出にも注目だ。

(2007.11.19)

レディ・チャタレー 2006年 ベルギー・フランス・イギリス
監督/脚本:パスカル・フェラン 脚本:ロジェ・ボーボ 撮影:ジュリアン・ハーシュ 美術:フランソワ=ルノー・ラバルテ
出演:マリナ・ハンズ, ジャン=ルイ・クロック,イポリット・ジラルド 他
公式

11/3(土)より、シネマライズ他全国順次ロードショー

2007/11/19/20:08 | トラックバック (0)
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