高岡 蒼佑 (俳優)
映画『千年の愉楽』について
2013 年3月9日(土)より、テアトル新宿ほか全国にて公開
若松孝二監督の『千年の愉楽』は、中上健次の壮大な神話的世界に、監督生涯のモチーフである閉塞を破ろうとする男のロマンティシズムと、命を生み出す女の超然とした包容力が見事に結びついて生まれた作品だ。昨年の急逝により惜しくも遺作となってしまったが、小さくても尊い命に「生きよ」と力強く呼びかけ、変わらぬ風景の中で人間が営みを継いでいくことの神秘を見せる生命賛歌は、監督の死すらも悲しく思う必要はないと諭すような優しさに満ちていた。映画で遊び、闘い続けた若松監督は、この作品でも多くの新しい驚きと感動を遺してくれたが、そのもっとも大きなひとつが俳優・高岡蒼佑の魅力を再発見させてくれたことだろう。ご本人いわく「ドンピシャなタイミング」で抜擢を受け、不吉な血に囚われず天衣無縫に思うまま生きようとする若者の鮮烈な生き方を、心で、全身で体現した。インタビューに応じてくれた高岡さんも、とても素直に表情を見せ、三好として生き抜いた時間と、あるがままの自分を受け入れてくれた監督との幸せな出会いを静かに振り返り、そこから得た思いと役者としての情熱を真摯に語ってくれた。(取材:深谷直子)
――そんなふうに自由に演技できる現場は楽しかったですか?
高岡 楽しむというよりも、もう本当に三好として生きていたという感じですね。この役を生きるのは楽しいことばかりじゃない、辛かったり苦しんだりもするけれど、その時間を役と一緒に感じられるのは面白いなあと思いました。不思議な感覚でした。
――三好が首を吊って死ぬシーンでは、本当に気絶してしまったそうですね。
高岡 撮影するときに、「このシーンではこんな音楽をかけるよ」と監督が奄美民謡をかけてくれたんですが、それを気持ちよく聴いていたら意識が飛んじゃっていたようで、ハッと気付いたらみんなが見ていて横でカメラが回ってて、「これ本番中?」って。そのまま続けるわけにはいかないから、恥ずかしいなと思ったけど潔くやり直させてもらいましたけど、そのあともずっと手が痺れていたりして、顔の色もメイクじゃなくてリアルなうっ血したような色になっていて。監督はそういうときもすごく心配してくれていました。
――そこまで入り込むというのもすごいですよね。
高岡 やっぱり入りやすかったんだなあと思います。自分で試写で観ても、当たり役っていうんじゃないですけど、よかったなあと思いました。あれは自分が演じていると意識せず観てたから。初見で観るときっていつも客観的に観られなくて、アラを探したりとかしてしまうんですけど、その作業を別にしなかった。もちろん探そうと思えば探せると思うんですけど、気にならなかったというか。ほかの共演者たちも、自然に路地の中で生き生きと生きているのを感じました。
――三好はこの物語自体を引っ張っていく役でもありますよね。明るさや強さを荷っていて。役の出番としては高良(健吾)さんが演じる半蔵が先になりますが、高良さんも公式ガイドブックのインタビューの中で「オバに素直に甘える三好の存在があるから感情を押し殺す半蔵の役がやれた」ということを言っていますし。そこに高岡さんのキャラクターが本当に合っているなと思いました。
高岡 三好が生き生きしていないと多分このお話自体も平坦なものになってしまうと思っていたので、思いっきりやろうとはしていました。若松監督の演出が一発本番というのは聞いていて、監督がどなり散らすとかそういうイメージも何となくあったんですけど、「まあいいや、それでも」みたいな。やることをやって、ダメだったらもう1回って言われるだろうし、とにかく思いっきりやってみようって。監督に「高岡くんの好きにやっていいよ」って最初から言われていたので、「言ったな~」って思っていましたね。
――これでどうだ、と挑戦していく気分で。高岡さんが自分の思うまま演じる三好を、監督はそのまま受け入れてくれるようなことが多かったんですか?
高岡 そうですね、多分楽しそうに見てくれてるんだろうなというのは感じていました。
――礼如さんを「ムカデムチムチ……」とからかうところが面白くて私も笑ってしまいましたが、監督も観るたびそこを喜んでいたそうですね。オリュウノオバと向き合うときは本当に安心しきった表情をしていましたが、寺島しのぶさんとの共演はいかがでしたか?
高岡 オバに対しては本当に母のような気持ちでいましたけど、寺島しのぶさんとお仕事をするということはあんまり考えていなかったですね。寺島さんも“寺島しのぶ”という雰囲気を出さずにオリュウノオバの役の感じでいてくれたので、高良くんも染谷(将太)くんもやりやすかったと思いますよ。
――三好が旅立つシーンで衣装を替えようというのが高岡さんの提案だったそうなんですが、どんな思いでそうされたんですか?
高岡 オバのもとに逃げてきた三好が、そのまま浴衣で外に出てオバに対して思いを伝えるというようにもできたのかもしれないですけど、やっぱりあそこは新たな出発というか、ひとつの決心があるところだから、身支度を整えてから行きたいというのがあって。そうすることでいろんな嘘も出てきてしまうなということも考えたんです。あんなに小さな家でオバを起こさずに女を帰して自分も帰って、ということができるのかと。でもそれは別にいいかな、なんとかごまかせるかなと。監督の時代設定の上での嘘というのもありましたし。監督は「この作品は今なんだよ」って言っていたんです。それは嘘ではあるけれど、普遍的なテーマでもあるし、それがリアルになっちゃえば嘘もそれはそれでいいのかなって思っていました。
――小さい嘘があっても、着替えていきたいという気持ちの上での真実を見せていこうと。私も「いつの間に?」ということは一瞬感じましたけど、もうあとはふたりの演技に引き込まれて。素晴らしいシーンになったと思います。衣装を替えたからオリュウノオバが帽子を被る、とても印象的な画も生まれましたね。
高岡 被せるつもりもなかったんですけど、オバに抱きついたときに落っこちちゃったので、それをまた被ろうということも考えず、「じゃあ別れだから、はい」ってポンと。あれはなんかすんなり出てきましたね。
――そうなんですね。あの寺島さんの姿は予告編にも使われていて、粋で悲しげでとても焼き付きました。それも偶然そこで生まれてきたものなんですね。
高岡 そういうライヴ感もすごく楽しかったですね。三好を生きれたなというふうに思えるし、それを須賀利の景色じゃないですけど、見守ってくれたような監督がいたからこそ撮れたのかなと思います。
監督:若松孝二 原作:中上健次「千年の愉楽」(河出文庫)
出演:寺島しのぶ,佐野史郎,高良健吾,高岡蒼佑,染谷将太,山本太郎,原田麻由,井浦新,
増田恵美,並木愛枝,地曵豪,安部智凛,瀧口亮二,岡部尚,山岡一,水上竜士,岩間天嗣,大谷友右衛門,片山瞳,
月船さらら,渋川清彦,大西信満,石田淡朗,小林ユウキチ,大和田健介,真樹めぐみ,大西礼芳,石橋杏奈
企画:若松孝二、昆絹子 プロデューサー:若松孝二、昆裕子、尾﨑宗子
ラインプロデューサー:大友麻子 脚本:井出真理 音楽:中村瑞希、ハシケン 撮影:辻智彦、満若勇咲
照明:大久保礼司 録音:福田伸 美術:増本知尋 メイク:小沼みどり 衣裳:宮本まさ江
編集:坂本久美子 音楽プロデューサー:高護 助監督:大友太郎、冨永拓輝、瀧口亮二
特殊メイク:森田誠 キャスティング:小林良二 スチール:岡田喜秀 メイキング:木全哲
配給:若松プロダクション、スコーレ株式会社 ©若松プロダクション