高岡 蒼佑 (俳優)
映画『千年の愉楽』について
2013 年3月9日(土)より、テアトル新宿ほか全国にて公開
若松孝二監督の『千年の愉楽』は、中上健次の壮大な神話的世界に、監督生涯のモチーフである閉塞を破ろうとする男のロマンティシズムと、命を生み出す女の超然とした包容力が見事に結びついて生まれた作品だ。昨年の急逝により惜しくも遺作となってしまったが、小さくても尊い命に「生きよ」と力強く呼びかけ、変わらぬ風景の中で人間が営みを継いでいくことの神秘を見せる生命賛歌は、監督の死すらも悲しく思う必要はないと諭すような優しさに満ちていた。映画で遊び、闘い続けた若松監督は、この作品でも多くの新しい驚きと感動を遺してくれたが、そのもっとも大きなひとつが俳優・高岡蒼佑の魅力を再発見させてくれたことだろう。ご本人いわく「ドンピシャなタイミング」で抜擢を受け、不吉な血に囚われず天衣無縫に思うまま生きようとする若者の鮮烈な生き方を、心で、全身で体現した。インタビューに応じてくれた高岡さんも、とても素直に表情を見せ、三好として生き抜いた時間と、あるがままの自分を受け入れてくれた監督との幸せな出会いを静かに振り返り、そこから得た思いと役者としての情熱を真摯に語ってくれた。(取材:深谷直子)
――『千年の愉楽』のお話はどのようにいただいたんですか?
高岡 一昨年(2011年)の9月ぐらいかな、マスコミで騒ぎになっていたときに声をかけていただいたんですが、逆にそのときはお芝居を休憩したいと思っていたときだったんです。その半年後ぐらいに『金閣寺』っていうお芝居を再演することが決まっていたので、その間はちょっとゆっくりしようかなと思っていて。年の初めから『金閣寺』をやっていて、舞台だから結構入り込んでしまうのですが、毎回毎回稽古で同じことをやって、常にその上を目指して作っていかなきゃいけない中で、7月のNY公演までは稽古がない期間も1日1回は全部の台詞を必ず言うようにしていたんです。NY公演が終わってもやっぱりなかなか役が抜けなくて、「本当の自分ってなんだったっけな」という作業をしたかったんです。なのでこの作品はお断りするつもりだったんですが、ちょっとホン(脚本)だけ見てみようかなと思って、生意気にもホンを見させてもらって。そしたら本当に自分の中で共感するというか、感情が入りやすかったというか。自分を役に乗せる演技はあんまりしたくないんですけど、自分の今まで経験してきたことが三好役をサポートしてくれるかもしれないなとも思って。で、やれるだろうなと思ったし、成功するだろうなとも思ったし、やるべきだなとも思って受けさせてもらいました。
――自分の計画では休憩したい時期だったけれど、それを変えるぐらい三好役に対する共感が強かったんですね。
高岡 そうですね、最後のオバとの別れなんかは読んでいて泣けてきちゃって、「そうかそうか、分かるぞ」っていう気持ちになりました。これは本当に縁だなと思って受けさせてもらいました。
――若松監督に実際に会われたときはどんなことをお話したんですか?
高岡 衣装合わせのときに初めてお会いして、そのあと食事に誘ってもらったんですが、そのときはお互い探り合っていたような感じだったと思います。多くは語らなかったですけど、でも安心感というか、「ああ、この人についていったら大丈夫だな」って思えました。ひとりで闘ってきたような人だから……、まあひとりではなかったと思うんですけど、気持ちの上ではそういうのが強い人だったから、レベルの違いというか、器の違いというか、自分も経験したような気になっているけどこの監督には敵いっこないなと思ったし、この人にだったら任せられるなと、そういう気持ちになれましたね。
――高岡さんの当時の状況の中で映画出演を決めるということも挑戦だったと思います。でもその経験があったからそのときに三好の役を自分に重ねられたんでしょうか。
高岡 自分のしたことは失敗と捉えられていたかもしれないけど、人が「失敗だったね、大変だったね」とかいろいろ言ったりするのって意外と違ったりすることが多くて。失敗かどうかなんて自分にしか分からないし、それを失敗にするのかひとつの過程にするのかっていうのは自分自身が決められることであって、それもいい経験だなと思っていました。三好にしても、例えばヒロポンを打つことや盗みに生き甲斐を感じるという、そういう男ということになっているけど、それって彼の生きてきた年数の中でのことであって、大人になったら「ああ、そんなこともあったな」と思えるぐらいの些細なことだと思うんです。逆に何に生き甲斐を感じているかなんて分かっていないというか。今やりたいことを素直にやりたいとか、思ったことをすぐ行動に移してしまうような衝動が自分の中に入ってきましたね。
――本当に生き生きと三好になりきっていましたが、役作りはどのようにされたんですか?
高岡 原作は読まなかったです。監督に読まなくていいと言われたので、俺はこのホンでやろうと思って。でもホン自体もそんなに読み込まなかったです。どう作ろうかとかいうのもそんなに考えないで、心がすんなり三好の心になれたような気がしたので逆にそのライヴ感みたいのを楽しみたいなというふうに思ってましたね。この役に関して、あれをしようこれをしようというのは基本考えていなかったです。
――「ライヴ感」というのはまさに若松監督が求めるもので、「お芝居はするな」ということをよく言われていますよね。
高岡 そうですね、お芝居はしに行かないようにしようって思っていました。本当にただそこに存在できていればいいなという気持ちでいましたね。
――今までも映画でそういうお芝居をされていたんですか? 作り込むというよりも自然に演じるような。
高岡 いや、作り込むのも作り込むほうだし、でもそれがうまく行く場合とうまく行かない場合があるので。言われたことに自分がキメ過ぎちゃってガチガチと動けなくなったりとか、違和感の中でOKが出ちゃったりとかいうのも結構あります。『金閣寺』や『ヘンリー六世』など舞台でやったものに関しては原作を何回も読んだりもしました。だから今回はなんかちょっと新しかったですね。まあ初見でホンを見たときに三好は自分だって思えたのでやれたのかなって。今の自分が乗り移れるというか、ちょっと言葉では説明できないですけど。
監督:若松孝二 原作:中上健次「千年の愉楽」(河出文庫)
出演:寺島しのぶ,佐野史郎,高良健吾,高岡蒼佑,染谷将太,山本太郎,原田麻由,井浦新,
増田恵美,並木愛枝,地曵豪,安部智凛,瀧口亮二,岡部尚,山岡一,水上竜士,岩間天嗣,大谷友右衛門,片山瞳,
月船さらら,渋川清彦,大西信満,石田淡朗,小林ユウキチ,大和田健介,真樹めぐみ,大西礼芳,石橋杏奈
企画:若松孝二、昆絹子 プロデューサー:若松孝二、昆裕子、尾﨑宗子
ラインプロデューサー:大友麻子 脚本:井出真理 音楽:中村瑞希、ハシケン 撮影:辻智彦、満若勇咲
照明:大久保礼司 録音:福田伸 美術:増本知尋 メイク:小沼みどり 衣裳:宮本まさ江
編集:坂本久美子 音楽プロデューサー:高護 助監督:大友太郎、冨永拓輝、瀧口亮二
特殊メイク:森田誠 キャスティング:小林良二 スチール:岡田喜秀 メイキング:木全哲
配給:若松プロダクション、スコーレ株式会社 ©若松プロダクション