大塚 信一 (監督)
映画『横須賀綺譚』について【2/4】
2020年7月11日(土)より新宿k’sシネマにて3週間レイトショー
公式サイト 公式twitter (取材:深谷直子)
――横須賀は基地もありますし、戦争中は空襲にも遭ったという戦争のにおいのある街ですね。ただ、福島とはあまり結びつかない気がするんですが。
大塚 実際にはフェリーでは行けませんしね(苦笑)。横須賀を選んだのはたまたまなんですが、テーマでつながるというか、この映画の中で川島という男が経営する「桃源郷」という偽りのユートピアと、米軍基地がある街で平和に暮らしている日本人というのは、暗喩として呼応するんじゃないかと考えています。
――なるほど。映画の資料で「今の世の中がクソだと思う人に見て欲しい」とコメントしているように、監督の映画作りのモチベーションには社会への怒りや疑問があるのだと思いますが、日米関係に対する怒りも大きいのでしょうか?
大塚 それよりもこの映画では震災に向けていますね。数年前のニュースで、除染作業をしている会社の役員報酬が1億円とか出ていて、それは税金から出ているわけで、腐敗以外の何物でもないと。そんな人でも3.11の夜は「何かしなきゃいけない」と真摯な気持ちになったと思うんですが、いつの間にか堕落してしまった。それはどういうことかというと、3.11という現実を白昼夢でも見たような気持ちでいるんじゃないかなと思うんです。実際に3.11は起こったのに、起こっていないかのように振舞っているわけですから。この映画のラストは賛否両論なんですが、「起きたことはなかったことにできない」と正論をぶっていた主人公の拠り所が不確かになってしまうことで、カメラを観客の側に向けたかったんです。「震災なんてなかった」と昔の恋人から聞いたときに彼が感じた薄気味悪さは、僕を含め、観客のみなさんも感じる薄気味悪さですよね、と。ただ、賛否は分かれます(苦笑)。
――(笑)。でも確かに突きつけられますよね。震災のことは忘れてはいけないと思ってはいても、そこばかりを見ていたら自分の生活ができないから見ないようにしてしまう。そういう後ろめたさは多くの人が抱いているものだと思います。
大塚 だから「忘れた方がいいんだ」という川島のほうが人に対する愛情が深いんです。主人公の春樹は正しいことを言うけど愛がない。それは劇映画としてそうしたほうが面白いかなと思ったんですけど。
――春樹役の小林竜樹さん、元恋人の知華子役のしじみさん、川島役の川瀬陽太さんのお芝居はとても見応えあるものでした。映画ファンにはたまらない顔ぶれの俳優が揃いましたね。小林竜樹さんを主人公役に選ばれたのはどうしてですか?
大塚 キャスティングについて、川瀬さんとしじみさんに関しては「ここがいいから」と言語化できるんですが、竜樹くんに関してはあまり言語化できなくて、「ピンときた」としか言いようがないんですよね。でもこの間、映画評論家の切通理作さんとお話をしたときに、「監督と竜樹さんって似てますよね」と、すごく意外なことを言われたんです。そんなことは自分で考えたことがなかったですが、フランソワ・トリュフォーとジャン=ピエール・レオの系譜ではないですけど、そういうことが個人映画とか自主映画で起こるということは、それだけ映画が強いということなんです。だからとても嬉しかったし、小林竜樹くんを選んだのはそういうことなのかもな、と思っています。自分では似ていると思ったことはないけど、映画を観た人がそう思ってくれるというのは、直感で選んだ結果かなと思いました。
――確かに雰囲気が重なるような。自分の分身のように考えて竜樹さんを選んでいたということで。
大塚 かもしれないですね。僕と顔が似ているなと思ってキャスティングしたということでは全然ないんですけど、そんなふうに思ってもらえて本当によかったなと思いますね。
――竜樹さんは春樹役にも合っていましたね。最初はとても冷淡そうに見えるんですが、どんどん人間味が現れてきますね。
大塚 どんな芝居にするか、ニュアンスを細かく詰めていなかったんです。冷めた感じで突き進んでいくのかなと思っていたら、現場で熱い感じの芝居になっていきましたね。
――音楽の使い方も面白かったなと。春樹が福島に行くなどの行動を起こすシーンで流れるブルースやジャズのような味のある音楽が、コミカルさや浮遊感を加えていた気がします。
大塚 そうですね。現場が終わったらもう音楽の予算がなかったので、作曲家さんにお願いすることができず、ロイヤリティフリーの音楽を使ったんです。今回それでよかったのはラフに使えるということですね。この映画にはそれが合っていたなと思います。
――川島を演じた川瀬陽太さんは、こういういやらしいほどの人間くささがにじみ出る役にぴったりですね。
大塚 川島のキャラクターを考えているときに『ハッスル&フロウ 』(05)のテレンス・ハワードを見て、「川島はこういう繊細なワルでいきたいな」と思って。ずっとテレンス・ハワードを見ていたら「あれ? ちょっと川瀬さんに似てない?」ってどんどん思えていって、次の日川瀬さんに「やってもらえませんか?」って(笑)。川瀬さんにはテレンス・ハワードの話はしたことないんですけど。
――また直感なんですね(笑)。でもすごくよかったです。しじみさんは、セクシーさを封印し、難しい役どころの知華子役を自然に演じていました。
大塚 しじみさんを選んだいちばんの理由は、この映画はSF、リアリズム、社会派、ミステリーと、いろんな断面がある映画なんですが、しじみさんはジャンル映画とリアリズムの芝居を両方とも同じようにやられる方なのでぴったりなんじゃないかと思ったからです。ちょっと地味な感じの女の子と、不確かな存在の両面を自然に演じて、さすがだなと思いました。