『さよなら渓谷』初日舞台挨拶レポート
http://sayonarakeikoku.com/2013年6月22日(土)より全国ロードショー
吉田修一の小説を映画化した『さよなら渓谷』が6月22日に公開初日を迎え、大森立嗣監督と出演者の真木よう子、大西信満、鈴木杏、鶴田真由が登壇する舞台挨拶が有楽町スバル座での上映前に行われた。集団レイプ事件という重く困難な題材を扱う作品だが、難役に挑んだ主演の真木と大西らの演技はすでに高い評価を受けており、登壇者たちは満席となった場内に期待を込めた拍手で迎えられた。(取材:深谷直子)
大森立嗣監督俳優それぞれの解釈を尊重した自由度の高い演出を最大の持ち味とする大森監督は、初日を迎えた緊張と安堵の胸中を明かしたあと、「僕としては俳優を見てほしいと思います。一挙手一投足を逃さず見てください」と、全力で役と対峙した俳優たちへの感謝も込めたコメントを真っ先に語った。
事件の被害者であり、その後も謂われなき差別に苦しむかなこを演じた真木は、役を受けた際の心情を尋ねられ、「女性として演じる上で覚悟がいるし、役に引っ張られてしまうんじゃないかという不安もありましたが、それ以上に惹き付けられるものが大きくて、他の女優さんがこの役を演じるのは見たくないなと思いました。チームの人に支えられて乗り越えられたと思っています」と語り、そんなに大変な役を演じて抜けるのに時間がかかったか?との質問には「自分では抜けたと思っていましたが、撮影からこんなにも時間が経っているのに、『さよなら渓谷』の取材を受けると鮮明に思い出せるんですよね。映画の取材って撮影から結構時間が空いちゃって『どうだったかな?』と考えたりすることもあるんですが、この『さよなら渓谷』のことは本当に昨日のことのようにスラスラ言えるぐらいに沁みついていたんだなあと思いました」と、入魂で取り組んだことを物語った。続けて同じ質問を受けた加害者の俊介役の大西は、原作小説に入れ込んで映画化を切望した企画の立役者でもある。「どの役にしても役を演じるということはその人の人生を1回生きるということだと思うので何かしら残っているものですが、真木さんと同じように去年の夏から秋にかけてのこの作品にかかわっていたときのことはいまだに鮮明に覚えています。完成した映画を観たときにそのときの状況や景色や温度やにおいまですべてが生々しく蘇るぐらいに、この作品に没頭していた時間というのは自分の中に深く残っています」と、やはり特別な体験であったことを語った。
真木よう子
大西信満鶴田と鈴木の二人は、とても重要な役割を果たす女性を演じて映画の深みを増すことに一役買っているが、発言からは自分の役に向き合いながらも主人公二人を見つめて心を一つに物語を追究していったことを感じさせた。かなこと俊介の関係を追う週刊誌記者の妻役を演じ、夫婦のあり方を考えさせる鶴田は「台本をもらったときの第1印象では難しいお話だな、この難しい役を主演のお二人はどう演じるんだろうと思いました。自分の役にも一筋縄ではいかないものを感じました。どうしてそんなに難しいかというと感情が一つではなく、台詞もいろんな感情が絡み合って出てきている言葉だからですが、その分深みがあり、とても味わい深い作品になったと思います」と語った。鈴木はその週刊誌記者の若い同僚役で、快活な演技が劇中で光っている。そんな鈴木も「この作品に対しては、やっぱり主人公二人の関係に根付いているのは何なんだろう?そんなに簡単には分からないなあと思っていました。私の演じた小林という役は、その二人の姿を知っていきながらこれはどういうことなんだろうなあと考え続けていくもので、自分自身の思いと同じような感じだったんですけど、完成した作品を観たときに『ああ、もしかしたらこういうことなのかもしれないな』とか自分なりに新たに見えてくることがあって、その体験がとても新鮮でした」と素直な言葉の中に神妙さを覗かせた。
舞台挨拶の途中で登壇者たちに知らされていないサプライズとして、原作者の吉田修一氏からの手紙が読み上げられた。困難な作品に挑んだ監督と主演二人を讃える内容で、監督には「初めて会ったときに『この作品を海外の映画祭に出品できるような映画にしてほしい』と、お願いしたことを覚えていらっしゃいますか? 難しいこととは知りながら原作者としての大きな夢を語ったのですが、監督はモスクワ映画祭のコンペティション部門出品という期待以上の形で夢を叶えてくれました。大森立嗣という映画監督の作品リストにこの作品が並べてもらえることを誇らしく思います」という喜びを、大西には「元はといえば、大西さんが原作を読み、これを映画にしたいという大きな夢を持って下さったところから、ここまでの道ができたんですね。決して楽ではない道を前にして、その第一歩を踏み出して下さった大西さんの勇気に心から感謝しています」というねぎらいを、そして真木には「今回『真木よう子』という女優に出会えて、本当によかったと思っています。あるインタビューで、『映画を撮影した去年の夏が、女優としてではなく、自分自身が過ごした夏のようになっている』と答えているのを聞いて、あらためて凄まじい体験をされたのだと思いました。主人公のかなこという女性を作り出した原作者だからこそ分かるのですが、このかなこという女性は、そう簡単には捕まえることができません。そんなかなこという女性と、去年の夏、あの美しい渓谷で、真木さんは必死の形相で向かい合い、互いに歯を食いしばり、それでも抱き合おうとしたのだろうと思います。そして私には、その場所にもうひとり少女が立っているのが見えるんです。その十五歳の少女は中学を卒業したばかりです。女優になるという大きな夢を抱きながらも、心細く、それでも歯を食いしばり、ゆっくりと歩き始めたばかりです。彼女もまた、去年の夏、あの渓谷にいたのではないでしょうか……」と、美しい言葉で最大級の賛辞を贈った。大森監督と大西、真木は「いやあ……、やられましたね」と揃って感激を口にしながらも、それぞれの大きな「夢」を抱いて原作者じきじきに感謝の言葉を贈られる作品を作り上げたことへの幸せを噛みしめ、お礼を述べていた。
鈴木杏
鶴田真由最後にはあらためて作品をこれから観るお客様へのメッセージを。鶴田は試写を観たあと「この気持ち、どうしてくれるの?」と言いたいぐらいのいたたまれなさを感じたことを思い返しながら、「映画が終わって現実の世界に戻っていっても思いを引きずるような映画になってくれたらいいなと思います」と言い、吉田修一氏の手紙に感銘を受けたという鈴木は「こんなに密度や繋がりが濃く、いい作品に参加できたことを光栄に思います。ここからはこの映画はみなさんのものだと思うので、大切に思っていただけたら幸せです」と述べた。大西は「とても深刻な題材を扱っているものですが、観終わったあとに人と人との出会いが生み出す奇跡や再生、小さな光を感じていただいて劇場を後にしていただけたらいいなと思います」と語り、真木はスクリーンを指差しながら「去年の夏私たちがここに生きていたという映像になっていて、みなさんが何かを感じて何かに気付いて心に残る作品だと信じています」と熱を込め、最後に大森監督の「俳優たちの演技から生まれる掴み切れない愛のようなものが映っています。そんなものを感じていただけたら嬉しいです」という言葉で作品は送り出されていった。
映画『さよなら渓谷』はこのあとも各地で順次ロードショー公開される。また、6月20日より開催中のモスクワ国際映画祭に日本映画としては9年ぶりとなるコンペティション参加が決まっており、現地時間28日の公式上映には大森監督と真木、大西が参加する予定となっている。
(2013年6月22日 有楽町スバル座で 取材:深谷直子)
「私たちは、幸せになるために一緒にいるんじゃない。」
被害者の女と加害者の男。事件から15年、女はその男と生きることを選んだ。
尾崎俊介と妻のかなこは、都会から離れた緑豊かな渓谷で暮らしていた。そんな長閑な町で起こった幼児殺害事件は、その実母が実行犯として逮捕されるというショッキングな結末で収束に向かっていた。しかし、事件は一つの通報により新たな展開を見せる。容疑者である母親と俊介が以前から不倫関係にあり、共犯者として俊介に嫌疑がかけられたのだ。そしてこの通報をしたのは、妻のかなこであった。
なぜ、妻は夫に罪を着せたのか。
事件の取材を続けていた週刊誌記者の渡辺(大森南朋)は、必要以上の生活用品も持たず、まるで何かから隠れるようなふたりの暮らしに疑問を抱く。そして、衝撃の事実を知る。15年前に起きた残酷な事件の加害者が俊介であり、かなこが被害者だったのだ。果たしてこの関係は憎しみか、償いか、それとも愛なのか。
脚本:高田亮,大森立嗣 製作:細野義朗,重村博文,小西啓介 プロデューサー:高橋樹里,森重晃
ラインプロデューサー:村岡伸一郎 撮影:大塚亮 録音:吉田憲義 美術:黒川通利 編集:早野亮
音楽:平本正宏 エンディング・テーマ:「幸先坂」 歌:真木よう子 作詞・作曲:椎名林檎
出演:真木よう子,大西信満,鈴木杏,井浦新,新井浩文,鶴田真由,大森南朋
2013年/日本/カラー/ビスタサイズ/117分/R-15 ©2013「さよなら渓谷」製作委員会
製作プロダクション:S・D・P,ステューディオスリー 配給:ファントム・フィルム
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