(2007 / 日本 / 行定勲)
高純度の豊穣な「白昼夢」へ

松本 不二人

遠くの空に消えた1(ネタバレの可能性あり!)
 行定勲監督が今回発表した「遠くの空に消えた」は今までの作品の中でも特に優れている。それまでの作品には「GO」(01)、「世界の中心で、愛をさけぶ」(04)、「北の零年」(05)と数々の話題作が挙げられるわけだが、キャストの豪華さやストレートなストーリーゆえの分かりやすさなどが人気の一翼を担っていたと思われる一方、中には悪く言えばベタな内容とそれに伴う“薄さ”が目立つために個人的には好きになれないものもあった。しかし、7年間温め続けてきたというこのオリジナル作品には、今までにないイマジネーションの豊かさがあり、ぼくの予想をはるかに上回る充実したものとなっている。

 本作は、主人公の亮介(柏原崇)が空の旅を終え、空港に降り立つシーンから始まる。その空港は、かつて彼が少年時代を過ごした地だった。空港の一角には一足の靴が埋まっている。突然立ち止まり、靴を眺めている彼を不思議に思った客室乗務員に、彼は馬酔(まよい)村での小学校の思い出を話し始めた。亮介は昔、空港建設を命じられた父の都合で馬酔村に転校してきたのだった。

遠くの空に消えた2 だれにも少年少女だった時代がある。人によって差こそあれ、それは年を経た今よりもずっと刺激に満ちていて、より原色に近い純粋な感情で彩られていたはずだ。馬酔村はそんな少年時代のみずみずしい感性を思い起こさせてくれる幻想的な場所として描かれている。スカした顔で、どこか心を閉ざしている風の小学生の亮介(神木孝之介)にとっても馬酔村は、「どこでもなさ」の漂う現実世界とはかけ離れた、その名の通り迷い込んだかのような空間として映る。村には無国籍で前衛的なデザインの家やロシア語表記の看板が立ち、観客は異国情緒どころか非現実の世界に投げ込まれたようにも思われることだろう。この世界観は、少女が異世界に迷い込んだ姿を描く「千と千尋の神隠し」(01)を彷彿とさせる。

 同世代の友人、公平(ささの友間)やヒハル(大後寿々香)たちとの刺激に満ちた楽しい日々、大人たちの空港建設をめぐる果てしない争い、そういった光景は亮介の過去と現在の視点を交えて描かれる。
 亮介少年の視点からはまず、人々の心情がより単純で直接的に映し出されている点が挙げられる。子どもたちは好きな異性に会って鼻血を出し、大人たちは深刻な場面のはずなのにどこかしら表面的で、間の抜けたこっけいさを漂わせている。登場人物たちは己の心情を、体をいっぱいに使って表現するのだ。同時に亮介にとって馬酔村は「異世界」であるがゆえに魅力的な遊び場でもある。牛の糞に爆竹を仕掛けて爆発させては飛び上がって喜び、公平たちと遠くの空に消えた3星々きらめく夜空を見上げ嘆息する。彼にとっては全てが新鮮で刺激的な世界である。しかし、この空間がリアリズムよりもむしろデフォルメに基づいて構成され、非現実の彩りを持つのは、亮介青年の回想の中でこの空間が郷愁によって脚色されているからだとも言うことができる。ストーリーラインも敢えて直線的に整頓せずエピソードをコラージュのように散りばめることで、一義的な説明を回避して観客の想像をうながすかのようであり、それゆえ幻想性を際立たせている。

 しかし、空港建設の争いをめぐる大人たちの姿は、デフォルメを施される一方で、“そうせざるを得なかった”とでもナレーションで流れてきそうな物悲しさを帯びることがある。過去に対してその悲しさを和らげるために運命、必然として捉えられた悲劇は、観る者を感傷的にもさせる。そんな大人たちの現実に拘泥した争いを続ける光景に、子どもたちは必死に抵抗する。 ――どうして目先のことに囚われ、夢を追おうとしないのか。「なぁ、起こそうか、奇跡。ただ、待ってても起きないんだろ、奇跡って」。少年たちの見せる行動は、日々の生活に“陥って”しまった大人たちへの強烈なアンチテーゼとして対置され、それゆえに作中で最も美しく描かれる。

 思い出の詰まった馬酔村は、亮介青年にとって失われた場として語られる。聞き手である客室乗務員たちに話の真偽を問われても、はぐらかしてさえいる。ちょうど話を終えた頃に亮介を迎えに来た青年たちは誰だったかも、最後まで明かすことはない。彼にとって、当時の記憶はあくまで「物語」でしかないのだ。つまり時間軸によって彼の「現在」とつながりを持つものではなく、懐かしむためだけの純粋に精神的な理想化された「過去」なのだ。そう考えると、その遠くの空に消えた4過去を「物語」として純粋にとらえているのは、語り手としての亮介ではなく聞き手としての客室乗務員たちだということになる。彼女たちは亮介の語る思い出というイメージを真偽定かにすることなく聞いてしまったがゆえに、その魅惑的な世界に取り込まれてしまったのではないだろうか。そして観客である私たちも、彼女たちと同じ立場である。郷愁あふれる亮介の思い出は、その無国籍性、無時代性ゆえに、純粋にその“少年時代の思い出”というイメージをイメージそのものとして強烈に担うことになる。それはまるで過去の「疑似体験」であり、現実に見失いがちな「夢」や「理想」との直面でもある。ぼくが劇場を後にしたときに一瞬感じたあの“めまい”は、おそらく作品の提示する異世界がいかに強烈だったかを物語っている。この純度の高い“白昼夢”とも言うべき時間は、ぜひとも一度は体験しておきたいひと時である。

(2007.8.26)

遠くの空に消えた 2007年 日本
監督・脚本:行定 勲 撮影:福本淳 美術:山口修
出演:神木隆之介,大後寿々花,ささの友間,小日向文世,鈴木砂羽,伊藤歩,長塚圭史,
田中哲司,柏原崇,チャン・チェン(特別出演),石橋蓮司,大竹しのぶ,三浦友和 他
(C)2007 遠空PARTNERS
公式

渋谷東急他全国松竹・東急系ほかにて全国公開中

2007/08/27/12:14 | トラックバック (5)
松本不二人 ,「と」行作品 ,今週の一本
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本作品は『世界の中心で、愛をさけぶ』の行定勲監督作品とあって、前評判としてはかなり人気があったようですね。

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