(2007 / 日本 / 平山秀幸)
「語り」と「語り」のあいだで

松本 不二人

 

しゃべれども1 本作は、佐藤多佳子原作の同名小説を映画化したものだ。古典を愛する、売れない落語家・今昔亭三つ葉(国分太一)のもとに、落語を習いたいという三人の変わり者がやってくる。無口な美人・十河五月(香里奈)、勝気な関西弁の少年・村林優(森永悠希)、強面の元プロ野球選手・湯河原太一(松重豊)。彼らに落語を教える中で、三つ葉自身も落語の魅力、そして心の交流の大切さに改めて気付いてゆく。

 原作が出版された時点ですでに指摘されていたように、本作では死期の近い難病の少女も出てこないし、派手な殺人事件が起こるわけでもない。三つ葉と落語教室の生徒たちとの、不器用で繊細なやり取りが続いていくだけの話だ。
比較的穏やかなストーリーゆえにどう映像化するのかが気になったが、本作は原作の骨組みを残しつつ映画ならではの表現に昇華し、テーマをより際立たせることに成功している。

 そんな本作の最大の見所は、役者たちが見せるここ一番の高座だ。彼らの語りが次第に洗練される様子は、各々の立場や心情が変化していくさまをよく反映している。ラストに演じる国分の「火焔太鼓」は、それまでの勢いだけの棒読みとは違って表情豊かに役を話し分けていて、場面がありありと想像できるほどだ。森永悠希演じる村林優の「まんじゅうこわい」もコミカルな身振り手振り、表情が可愛らしく、思わずクスリと笑わせる。いずれも俳優の単なるパフォーマンスに終わらず、充分に聴くに堪える水準に高められている。ちゃんと噺を聴かせるという、落語に対する本作のこだわりが全体の流れをしっかり締めているようでもある。

しゃべれども2 しかし、語りと語りのあいだに生まれる「間」、実はこれこそが本作の基盤と言っていい。まず、原作小説の映像化では、時間という物理的な制約のため、必然的に本来の内容を割愛しなければならない。大抵、原作ファンにとって原作と映画のズレは各人が抱いていた世界観を壊すような許しがたいものだ。しかし本作では、その割愛がうまい具合に効果を挙げている。例えば、蕎麦屋で三つ葉が打ち明け話をすると突然十河が涙をハラハラと流す。ラストの船上では、十河が無言でいきなり三つ葉に身を寄せる。彼女が見せるこれらの行動は、唐突と言えば唐突過ぎる。何の説明もない展開には一瞬驚かされたし、人によっては批判の対象にもするかも知れない。だが「しゃべれども しゃべれども」という本作のタイトルどおり、ここには言葉抜きでなければならない人との関わりが示されているようにも思うのだ。原作での少ない会話さえ削ってみせることで、そこには観客の想像にゆだねた“雄弁な”瞬間が生まれている。

 そして、無愛想な十河を演じる香里奈は、それらの「間」を担う重要な人物でもある。CMやテレビドラマなどでの華やかな姿とは打って変わって黒を基調とした服に身を包み、刺すような三白眼で相手を見据える彼女には凄みがある。不意の涙や、三つ葉に身を寄せる姿は、先に挙げた蕎麦屋や船上でのシーンの違和感を、迫力で押しのけた印象さえ受ける。言葉を使ってもなかなか表現しきれないシーンを、無言のアクションが“語る”。そこに心情変化の飛躍があるとはいえ、香里奈がアップで見せる姿は観客を納得させるだけの力があった。彼女は、本作の要である「間」にいっそう説得力を加えている。他のキャストも本作に大きく貢献しているが、香里奈を十河に充てたのが本作成功の最大の要因ではないか、と思う。

     話をするのが苦手な人々が、若手落語家のもとで落語を学ぶ本作のタイトルを、「しゃべれども しゃべれども」という。この逆説のなかで言わんとすることはなんだろうか。それはいくら言葉を使っても、人には伝えにくいものがある、ということだ。落語という能弁な手段の裏では、「間」という言外の語りが重視される。本作はその「間」を、登場人物たちに、そして私たち観客に伝えてくれる雄弁な手段なのだ。まさに作品そのものが「落語」ではないか!

(2007.6.6)

しゃべれども しゃべれども 2007年 日本
監督:平山秀幸
脚本:奥寺佐渡子
撮影:藤澤順一
美術:中山慎
出演:国分太一,香里奈,森永悠希,松重豊,八千草薫,伊東四朗
公式
5/26(土)より、
シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館、シネ・リーブル池袋ほかにて全国公開中
(C)2007『しゃべれども しゃべれども』製作委員会

2007/06/06/20:55 | トラックバック (16)
「し」行作品 ,松本不二人 ,今週の一本
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