(2007 / 日本 / 松本人志)
2時間ドラマを劇場公開しても「映画」になるわけではない

仙道 勇人

大日本人1 お笑い芸人として不動の人気を誇るダウンタウン・松本人志の第一回監督作品が公開中だ。公開前の段階でキャストと映像の一部しか発表されないという厳重な情報管理に加え、初監督作品にもかかわらずカンヌに招待されるという異例中の異例の扱いを受けたこともあって話題は沸騰。現地での不評を伝える情報が漏れ伝わるも、封切られてみれば「松本人志」というブランド力の圧倒的な強さを見せつける大ヒットとなっている。
 松本自身が某誌で映画評を連載しているということもあり、筆者としては期待というほどではないにしても、「天才」を自認する人物がどんな映画を撮るのかいたく興味を掻き立てられて劇場に足を運んだのだが、結論から言うと酷い肩透かしを喰らわされたと言わざるをえなかった。

 本作の内容は至ってシンプルである。どこからともなく襲来してくる『獣』と呼ばれる巨大生物と日夜戦い続けている、六代目『大日本人』こと大佐藤大(松本人志)の素顔に迫るドキュメンタリー、という体裁で進行していく偽ドキュメンタリーで、大佐藤の日常風景や巨大ヒーロー『大日本人』の戦いや裏方話、『獣』との戦いを淡々と映し出してく。
 本作について「日本人向けに作った」という松本のコメントは、日本特有の特撮ジャンルである「巨大ヒーロー」のクリシェを踏まえたものであることを示唆しているのだろう。確かに本作は、「巨大ヒーローモノ」を見たことのある者なら、誰もが感じたことがあるような疑問に突っ込みを入れるようにして作品世界が構築されており、それが笑いどころとなっている。
大日本人2 この為、フランスで不評だった際にも、松本は「日本人向けに作った」ということを繰り返していたわけだ。しかし、この作品が不評だったのは、そうした文化に対する無知だの前提知識の欠如だのだけに原因があったわけではないように思う。はっきり言えば、クリシェをクリシェと認識できても発想を面白いと感じられないこと、この一点に尽きる。

 なぜ面白く感じられないのか。理由は極めて単純だ。それは、本作が作品の背骨となるべき背景世界の構築を、全くと言っていいほど考慮していないからである。本来ドキュメンタリー的アプローチは、作品世界のリアリティの構築に寄与するものなのに、この作品では大佐藤の日常こそ切り取ってみせてはいるものの、その背後に広がっているはずの「巨大ヒーロー『大日本人』がいる世界」そのものが全く描けていないのである。
 申し訳程度に市民の声や現場の声を入れてみたりはしていても、そうした安易なドキュメタンリー的な加工自体が、作品の世界観を却って恣意的なものに貶めるという悪循環になっており、いつまで経っても目的と手段が噛み合うことがない。

 これは松本が知悉した「笑いの方法論」を、本作にもそのまま援用しまったことによる部分が大きいだろう。そして、この選択は明らかに失敗だ。と言うのも、通常のコントでは前提となる現実世界を観客が共有しているから、殆どの場合、背景説明なしでもネタの切れ次第で観客を笑わせることはできよう。
大日本人3 ところが本作のような虚構の世界では、前提となっている世界像を観客が何も知らない以上、いつものコントと同じようなアプローチを繰り返したところで観客を笑わせることは至難と言える。対象不明のまま笑いを誘われても、何を笑うべきなのか、何で笑わせようとしているのかが直感的に分からなければ、人は笑うことなどできはしないのだ。
 スクリーン上の世界へのチャンネルを観客に開き、いかに両者をスムーズに結びつけるかは作劇の基本だが、こうした基本を無視して、作品の(そして笑いの)前提となるべき部分を観客に提示・理解させることなしに、偽ドキュメタンリー的な冗長なやり取りだけを見せられても、観客が作品世界に没入できないのは当然と言えば当然だろう。作品の前提となる基礎情報を観客に知らしめようという配慮も意志も欠如した本作は、いわば内向きの世界観に閉塞して殆どの観客を拒絶してしまっていると言ってもいい。

 勿論、実際の巨大ヒーローモノの世界観も、多くの場合こうした「暗黙の了解」に則った構築がされており、穴だらけと言えば穴だらけではある。しかし、だからと言って、そうした「暗黙の了解」に含まれた珍妙さを俎上に載せて笑おうという本作が、ネタ対象と同じ地平に立ってしまっては異化も何もあったものではない。
 本作に描かれているのはどこまでいっても馴染みのない世界だけであり、異質な世界を媒介にしてどんな表現を繰り出そうとも、風刺も皮肉も、笑いですらも、一切はそれらが対象にした現実に届く前に「これは何だ?」という疑問に呑み込まれて、冴えもなく切れもない中途半端な表現として見過ごされてしまうのが関の山なのである。
 もしも「巨大ヒーロー『大日本人』がいる世界」という世界観に観客が納得できるだけのリアリティを伴わせることができていれば、観客が持つ印象は今より随分変わっていただろうし、あの投げっぱなしジャーマンのようなオチにも何らかの意味が見出せたかもしれない。が、本作では文字通り「奇を衒っているだけのオチ」でしかなく、映画としてもお笑いとしても、余りにもお寒い幕切れとしか感じようがないのではなかろうか。

大日本人4 ……と、つい文句ばかりを書き綴ってしまったものの、本作に全く魅力が全くなかったか、と言えばそうでもない。
 「巨大ヒーロー『大日本人』がいる世界」こそまともに構築されていないが、『大日本人』として生きなければならない大佐藤にこびりついた孤独の影、或いは『大日本人』としてプライバシーを制限された生活を余儀なくされる苛立ち――巨大ヒーローの素顔という形で描き出されているが、これらは松本自身の日常そのものを投影したものと見て、まず間違いないだろう――などが、一連の告白の中にしっかりと刻印されていた点はもっと注目されていい。

 底辺に追いやられながらも懸命に生活をしていこうとする人間の悲哀、正直すぎていつも馬鹿を見ている愚か者でも、酔えば顔を覗かせる愚か者なりの密やかな矜持。そんな小市民以下の人間の姿を浮かび上がらせた手腕に、監督としての資質が見え隠れしていると感じたのは筆者だけではあるまい。

 本作が「初監督作品」ではなく、わざわざ「第一回監督作品」と銘打たれている以上、当然「第二回」も視野に入っているのだろう。であれば、次回作では是非『コント抜き』の映画に取り組んでもらいたいと切に願う。

(2007.6.11)

大日本人 2007年 日本
監督:松本人志
脚本:松本人志,高須光聖
撮影:山本英夫
出演:松本人志,竹内力,UA,神木隆之介,海原はるか,板尾創路 他
公式

2007/06/11/14:11 | トラックバック (9)
仙道勇人 ,「た」行作品 ,今週の一本
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