TOKYO TRIBE
(ネタバレ有り)『愛のむきだし』(08)や『地獄でなぜ悪い』(13)などの異色作で、日本映画界に衝撃を与えてきた鬼才、園子温。最新作『TOKYO TRIBE』では、井上三太原作の累計250万部を超える伝説のコミック『TOKYO TRIBE2』をベースに、ヒップホップとミュージカルを見事に融合した「バトル・ラップ・ミュージカル」という革命的な作品を完成させてしまった。やはりこの男、只者ではない。
舞台は、近未来のトーキョー。そこにはトライブと呼ばれる若者たちで構成されるチームが散在し、彼らは各々のテリトリーを守りながら秩序を保っていた。数あるトーキョー・トライブの中でも、「ブクロWU-RONZ」のヘッドであるメラ(鈴木亮平)は、トーキョー最凶の男としてストリートに君臨していた。しかしメラは、「ある理由」によって「ムサシノSARU」の海(YOUNG DAIS)を異常にライバル視しているのだった。そんなある日、海をおびき寄せるためのメラの策略により、ムサシノSARUのヘッド、テラ(佐藤隆太)が命を落としてしまう。テラというカリスマの死と、謎の少女スンミ(清野菜名)の登場によって、トーキョー・トライブの生き残りを賭けた戦いが始まる……。
本作の舞台であるトーキョーは、警察や公権力が機能しておらず、退廃的で無国籍な空気が漂い、ある種のディストピアのような社会だ。まるで日本版の『ブレードランナー』(82)のような独特な雰囲気は、オールセットの撮影によって生まれた。ストリートを彩る壁画を描いたのは、アーティスト集団のChim-pomが主催する「天才ハイスクール!!!」の生徒たち。彼らが描いた意味不明なグラフィティで埋め尽くされた街並みは、ヒップホップの本場アメリカとは一味違う、異様な雰囲気を醸し出している。本作におけるトーキョーのストリートはアメリカをはじめとする多様な文化が融合した現代日本のストリートを強烈に戯画化したものと言えるだろう。
本作で注目して欲しいのは、豪華キャストが演じた愉快なキャラクターたちだ。特にメラを筆頭とする悪役たちが素晴らしい。鈴木亮平が演じるメラは、マスキュリ二ティの塊のような男だ。アスリート的ではない、厚みのあるワイルドな体と、圧倒的な戦闘力を誇るトーキョー最凶にして最強の男。彼の前では、警官だろうがギャルだろうが大抵の女はイチコロだ。そしてことあるごとに局部を触っているのだが、これは自分が最強であることの確認作業であると同時に、物語のラストに大きく関わる重要な仕草でもある。
トーキョーを支配する悪の帝王、ブッバ(竹内力)は完全にイっちまってるキャラクターである。一挙手一投足に狂気じみたギャグが盛り込まれており、ことあるごとに白目を剥いてはオナニーをしている。白目を剥きすぎて、小学生がよくやる瞼をくっつける遊びのようになっているのには笑った。
ブッバの息子、ンコイ(窪塚洋介)は、サディスティックで「人間家具」コレクターの変態ドラ息子。何を考えているか読めない、ひょうひょうとしたキャラクターである。ブッバの妻エレンディア(叶美香)は、「人間離れ」したナイス・バディが本作の世界観と絶妙にマッチしており、一言もセリフがないにもかかわらず強烈な印象を残す。ブッバが豪快にエレンディアの乳を揉みしだくシーンは必見だ!ブッバの娘ケシャ(中川翔子)はメラとンコイに対抗心を燃やす高飛車な娘で、ブルース・リーとマスカットが大好き。
そんな濃すぎるブッバ・ファミリーで印象的なのが、食卓でのシーンだ。ンコイとケシャのラップの応酬に飽きたのか、メラの局部を右手でこするエレンディア。それを見るやいなや、ブッバはオナホールを装着してメラの反対側に鎮座する。うっとりとした目でメラとブッバをシゴくエレンディア。一方では彼らを横目で見ながらマスカットをほおばるケシャの姿がある。これは何を表すのかといえば、彼らは擬似的な乱交をしているのだ。エレンディアが竿を、意味深にマスカットをほおばるケシャははタマを刺激していると解釈できる。ブッバ・ファミリーは欲望にまみれた狂人たちなのだ。これに加わろうとしないンコイと、無理やり参加させられているマグロ状態のメラは、自己中心主義者であり、ブッバ、エレンディア、ケシャの3人を待つしょうもない死に様からは切り離されていることを暗示している。
シンジュクHANDSのヘッド、巌(大東俊介)は兜と鎧を装着してシンジュクを仕切る熱い男だが、彼を見ていて興味深いことに気づいた。ラップという行為は、武士の名乗りに通じるものがある。トライブたちは、ラップを用いて「自分とは何者であるか」、「何をするためにここにいるのか」を相手にぶつける。それは戦国時代の武士と同じであり、「やあやあやあ我こそは!」という名乗りは、”Yo! Yo! Yo! Motherfucker!”と同義なのではないか。劇中ではいまいち冴えない巌だが、ラップと名乗りの関係性から見ると面白いキャラクターだ。また、「成り上がり」という言葉が頻繁に登場すること、守るべきモノのためなら命も張るトライブたちの心意気には、武士に似たものを感じる。
カロリーの高い登場人物が多い中で異彩を放つのがMC・SHOW(染谷将太)だ。彼は他のキャラクターとは一線を画すクールなキャラクターであり、どのトライブにも属さない流浪のMCである。「巧い」と思ったのは、切り返しのショットによって彼が我々観客へラップを通じて語りかけることで、「ライブ感」が出ている点だ。これにより、まるで観客自身がトライブの一員として劇中に入り込んでいるかのような、ドキュメンタリーライクな錯覚を起こさせる役割を持っているキャラクターであり、映画オリジナルキャラクターの中でも特に重要な働きを持つ。
本作は「バトル・ラップ・ミュージカル」であると同時に、「ヒップホップ」そのものだ。ヒップホップには、4大要素と呼ばれるものがあるが、園子温はこの4大要素を映画と見事に融合させた。
1つめはラップ。本作のセリフのほとんどはラップで構成されている。ラップ・ミュージカルが一般的なミュージカルと一線を画すのは、通常ミュージカルは突如として歌が始まり、悪く言えば嘘臭くなってしまう。しかし、ラップはそもそも「喋るように歌う」歌唱法なので、セリフとして違和感がないのだ。しかも本作のラップは同時録音で録っているので、より一層にライブ感がある。こうした革命的な工夫を凝らした本作のラップは、日本だけでなく本場アメリカにも衝撃を与えるだろう。
2つめはDJ。ブクロ在住のDJグランマ(大方斐紗子)は、長年のトーキョー暮しで培った勘から、シーンに合ったバックトラックをチョイスする凄腕DJ。彼女のプレイはMC・SHOWのナレーションに先行する形で場面転換をもたらす。つまり、MC・SHOWのラップと共に物語におけるナレーター的な役割を果たしているのだ。
3つめはブレイクダンス。本作におけるスタントなしのトーキョーをぶっ壊しまくるド派手なアクションはブレイクダンスのメタファーと言える。また、スンミと行動を共にする謎の少年ヨン(坂口茉琴)が、拉致された女の子たちを救出するときに、ブレイクダンスのウィンドミルを披露していたりもする。そしてスンミとヨンのファイトスタイルは、小柄な体とスピードを最大限に有効活用したもので、まるで小柄なダンサーがブレイクダンスを踊るように華麗に大男たちをなぎ倒していく。「『チョコレートファイター』(08)がやりたかった」という園子温の言葉通り、小柄で華奢なスンミとヨンが大男たちをぶっ飛ばすのは爽快だ。スンミのパンツが見えまくりなのは、『愛のむきだし』からの引用だろうか。アクションの引用に関連して、ブッバの娘であるケシャはブルース・リーのオマージュとして一笑いを取っている。これらは園子温流のサンプリング(引用)であり、小ネタとして面白い。園子温は引用を用いることによって、より高いエンターテイメント性を出すことにも成功しているのだ。
4つめはグラフィティ。先述のように「天才ハイスクール!!!」の生徒たちが描いた壁画によって、無国籍なカオスが生まれている。園子温はこれらのヒップホップ4大要素を巧みに物語へと組み込み、映画とヒップホップが調和した作品に作り上げることに成功している。
意外だが、園子温は本作の制作にあたってはヒップホップを勉強しなかったそうだ。付け焼刃でヒップホップを愛しても、それは表面的なものでしかない。だからこそ園子温は「距離感を大事にした」と言う。かつて嫌々『ゴッド・ファーザー』(72)を撮ったフランシス・フォード・コッポラや、ふざけるくらいの気持ちで『仁義なき戦い』(73)を撮った深作欣二のように、思い入れや愛情を排除して距離を取ったのだ。加えて、『愛のむきだし』の頃のように、現場を完璧にコントロールする姿勢から脱却し、周りの意見を積極的に取り入れるようになったそうだ。そうしてラッパーや役者たちの意見を多く取り入れた本作には、若者たちが無我夢中で一生懸命に作ったような爽やかさがある。
作風は変わっても、園子温の監督としての巧さはピカイチである。というのも、本作は脚色が素晴らしいのだ。漫画が原作の実写化では、脚色することは勇気の要ることだが、園子温は映画化にあたって、キャラクターだけではなく、原作の軸となっていたた「メラと海の友情」というテーマを「メラの海に対する一方的な嫉妬」に置き換えた。この大胆な脚色は、最終決戦における「オレのチンポが最高にデカいはずなんだ!」というメラの海に対する小学生並みの嫉妬心で明かされる。ここで初めて予告編でのメラの絶叫の意味が分かり、思わず爆笑してしまった。
前作の『地獄でなぜ悪い』から、園子温の作品には明らかにエンターテイメント性が増しているが、特にコメディの色合いが強くなっている。本作でも絶妙なタイミングで放り込まれるギャグの数々には腹を抱えた。ブッバに仕える召使の女(サイボーグ かおり)のヒューマンビートボックス、ブッバの用心棒(高山善廣)や、大司祭が送り込んだ戦闘マシーンのジャダキンス(ベルナール・アッカ)のキャラクター、メラのチンポのデカさに対するこだわり、などなど。結果としてテラの死、ジャダキンスの行方、そもそも大司祭って何だったのか、トーキョーのその後などは、判然としないままに物語の幕は閉じる。しかし、これでいいのだ。答えを与えることが全てではない。いわばこれらの不確定要素は園子温流のマクガフィンであり、終わりよければすべてよしなのだ。
「今回の『TOKYO TRIBE』は、理路整然としたものじゃないことをやりたかった。僕の映画史で言えば、この作品はある種レコードの”B面”かもしれません。でも、”B面”だからこそ自由になれた。映画はかしこまるものじゃなく、自由で面白ければいい。この映画でぼくは、その自由を獲得できたように思っています」(劇場パンフレットより抜粋)
エンドロールが流れる中で、冒頭での「僕が、将来大人になったら、この街を夢のある楽しい街にしたいんだ。それまで僕頑張るよ」というヨンのセリフを思い出した。これは、日本の映画界に対する園子温自身の気持ちではないだろうか。つまり、園子温は「まだ大人になっていない子供」であり、自由にやりたいことをやっている。しかし、近年の邦画界は行儀は良くてもどこか無難で自由さに欠ける映画を作る「大人になってしまった人々」が多いように感じると言っているのではないか。ヨンのセリフは、園子温のピュアな気持ちを反映した言葉なのだと思う。
(2014.09.08)
原作:井上三太「TOKYO TRIBE2」(祥伝社刊) 監督・脚本:園子温
出演:鈴木亮平,YOUNG DAIS,清野菜名,佐藤隆太,染谷将太,でんでん,窪塚洋介,竹内力 他
配給・宣伝:日活 © 2014 INOUE SANTA / "TOKYO TRIBE" FILM PARTNERS
▶公式サイト
2014年8月30日(土)より新宿バルト9ほか全国ロードショー!
- 監督:園子温
- 出演:夏八木勲, 大谷直子, 村上淳, 神楽坂恵, 清水優
- 発売日:2013/03/07
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- 映画原作
- (著):井上三太
- 発売日:2014/6/27
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