映画祭情報&レポート
カンヌ国際映画祭2012レポート【3/4】
カンヌに示された日本人の心

深谷 直子

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『楢山節考』 カンヌクラシック部門

ウルリッヒ・グレゴール氏(右)
ウルリッヒ・グレゴール氏(右)
今年生誕100年を迎える木下恵介監督の『楢山節考』(58)デジタル・リマスター版がカンヌクラシック部門でオマージュ上映された。2004年にスタートしたこの部門は、修復された名作や映画人についてのドキュメンタリー作品を上映するもので、映画祭の総代表を務めるティエリー・フレモーが古典映画を専門としていることより近年ますます力を入れたものになっている。生誕100年を記念するものとしてはこれまでにジョン・ウエインやマノエル・デ・オリヴェイラの作品が上映されており、木下監督はここに日本人で初めて選ばれた。
上映前には、デジタル・リマスター版を制作し、世界各国での木下作品の回顧上映など様々なプロジェクトを計画する松竹の代表者の挨拶に引き続き、東京フィルメックスの審査員としてなじみ深い映画史家のウルリッヒ・グレゴールによる作品解説が行われた。
グレゴール氏は「木下恵介は疑うことなく、小津、黒澤、溝口に並ぶ偉大な監督です。彼の作品は1950年代から60年代に全盛を極めました。その多芸・多才ぶりは特筆すべきで、コメディから風刺作品まで幅広く、社会的背景にも裏打ちされています。今日では日本を除くと世界的には木下作品になじみがないかもしれませんが、まさに再評価に値する監督です」と、木下作品の多様性を語り、その魅力を絶賛した。しかし本作『楢山節考』の話に差し掛かったところで、司会者から時間切れが告げられてしまった。グレゴール氏はかなり立腹して降壇し、一流の映画祭でもこんなハプニングがあるのだなあ……、と少し唖然としてしまう出来事だった。
だが作品はもちろん素晴らしく、冒頭の黒子の口上が始まるや観客たちが感嘆するのが伝わってきた。グレゴール氏は木下作品の特徴として「スタイリッシュで、様式と哲学性、荘厳さが調和し、構造がしっかりしている」と語っていたのだが、歌舞伎のスタイルを取り入れて撮られた『楢山節考』はその極みと言えるだろう。全編が舞台を思わせるセットで撮影され、場面転換にも書割の幕が落ちると次の場面の背景に変わる振り落としなどの技法が用いられている。日本的な様式美に貫かれているが、映画ならではの自由さ、実験性に溢れていて、海外の観客にも新鮮に興味深く映っただろう。
この「芝居」を強調した演出は、姨捨伝説という残酷な風習を描く物語を幻想にくるんで見やすいものにし、さらには観客に想像力や感情を喚起させる効果を持つように思った。物語自体が元々普遍的なテーマを多く含んでおり、貧困や高齢化社会、介護の問題はまさに今世界中が抱えるものでもある。それらに苦悩する人の姿を、今回さらに美しく蘇った人工美の世界は少し距離を取りながらも荘厳に照らし上げ、いつの世にも変わらない人間の業というものを生々しく伝える。人間の様々な葛藤を熱演する俳優たちが見事であり、とりわけ田中絹代演じるおりんの現代にも通じる人物像に驚いた。自ら進んで山に入ることを望むおりんは、風習に従順な弱い老婆ではない。信仰に篤い彼女はむしろ風習に反撥して自らの尊厳を保つために、そして家族の幸せを願って、自ら選び取り山に入ることを決意するのだ。その姿は宗教心の高い西洋人により理解されるものかもしれない。上映後は大きな拍手が起こった。生涯「本当の人間」の姿を描き続けた木下作品が、このカンヌでの上映をきっかけに世界中で再評価されることが楽しみだ。

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カンヌ国際映画祭2012 (2012/5/16~27) 公式

2012/07/15/19:57 | トラックバック (0)
深谷直子 ,映画祭情報
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