映画祭情報&レポート
カンヌ国際映画祭2012レポート【1/4】
コンペティションを振り返って

深谷 直子

パレ・デ・フェスティバル世界最大の映画の祭典であるカンヌ国際映画祭が5月16日~27日に開催された。65回目という節目の年、映画祭のアイコンには没後50周年を迎えるマリリン・モンローが起用され、カンヌの街中を華やかな祝祭ムードで包み込む。こうした雰囲気だけではなくラインナップにも例年以上に意欲が感じられた今年のカンヌ映画祭に、私も初めて参加した。都合で序盤21日までの滞在となり、とてもこの巨大イベントの全貌を捉えるまでには至らなかったが、幸いにもコンペティション部門に関しては受賞作の多くを観ることができたし、素晴らしい作品との出会い以上に、世界中から超一流の監督やスターたち、そして報道関係者から宣伝・配給まで、映画に関わるあらゆる業種の人々が小さなリゾート地にひしめき合う、そのエネルギーを体感できたことが大きな収穫だった。とても断片的なものであることはご容赦いただいた上で、カンヌで感じたことを綴っていきたい。

カンヌ映画祭のいちばんの柱であるコンペティション部門のラインナップは、例年になく大物揃いとなって発表時から大いに話題を呼んだ。ケン・ローチ、ミヒャエル・ハネケ、クリスティアン・ムンジウ、アッバス・キアロスタミとパルム・ドール受賞経験者が4人もおり、ほかアラン・レネ、デヴィッド・クローネンバーグ、13年ぶりの新作を携えたレオス・カラックスなど巨匠、鬼才が並ぶ。また、アメリカの作品が6本入り、ブルース・ウィリス、ジェシカ・チャステイン、ブラット・ピット、ニコール・キッドマン、ロバート・パティンソンなどハリウッド・スターのカンヌ入りが連日話題になった。そんな日にはレッド・カーペットも記者会見も大賑わいだ。その一方で、いつも何本かは入る無名の監督の作品というのが今年は皆無だった。もちろん作品の出来ありきのことではあろうが、未知の才能に惑わされず錚々たる作品群が競い合うのを見られたことは、私にとってはシンプルで気持ちのよいことに感じられた。
作品の傾向から言うと、今年は現代に暮らす人々の孤独や不安といったパーソナルな感情をあぶり出す作品が目立ったように思う。老い、情報化社会、性や家族など他者との繋がりに関する問題が様々な表現で描かれ、映画同士が共鳴し合うのもしばしば感じられた。急速にグローバル化する社会の中で、人はどうそれに立ち向かいどう生きればよいのか、世界中で個人が抱える漠とした不安が映し出されていた。

『アムール』 ~パルム・ドール~

ジャン=ルイ・トランティニャン、ミヒャエル・ハネケ監督、エマニュエル・リヴァ
ジャン=ルイ・トランティニャン、ミヒャエル・ハネケ監督、エマニュエル・リヴァ ©FIF / Olivier Vigerie
混戦の中でも下馬評での評価が高く、しかし前作『白いリボン』に引き続きというのはどうかと思わせながらそのままパルム・ドールを獲得したのはミヒャエル・ハネケの『アムール』であった。老いて病に倒れながら入院を頑なに拒む妻と、彼女を自宅で看取ることを決意した夫との濃密な愛を描く。
とても静謐な作品で、これまでショッキングな暴力描写で物議を醸していたハネケの新たな境地とも見える。しかしじわじわと迫る恐怖の演出はやはり秀逸だ。老夫婦が辿り着く悲劇的な結末は、映画の冒頭で既に見せられている。そしてカメラは彼らが暮らす高級アパートからほとんど出ることなく、二人だけの愛の世界がその中でどう発酵し、どう彼らがその終焉に向かうのかを冷徹な観察者の目で追っていく。妻が最初に変調をきたす朝食時のシーン、日常生活に不意に異物が差し込まれ、戸惑い苛立つ夫の姿にとても心がざわついた。また介護に明け暮れる夫を追い詰めるのは、時おり訪ねてくる娘やかつての教え子が持ち込む「常識」である。侵入者により生活が掻き乱されるというハネケの一貫したテーマはここにも流れていると言える。
全てが保証されていたかに見えた生活もいつか必ず訪れる老いには抗えず、医療システムがどんなに整おうと、それは個人の内面の悲しみを救ってくれるものではない。今年70歳を迎えたハネケは社会的な問題を描いたのではなく、ただ我が身に訪れた感情について描いたのだと言う。記者会見では「人はある年齢に達すると、苦悩に強く苛まされるものです。それ以上私に提示したいものはなく、非常にシンプルな作品を作れたことにとても満足しています」と穏やかな笑みを湛えながら語っていた。ジャン=ルイ・トランティニャンとエマニュエル・リヴァの迫真の演技も素晴らしく、男・女優賞の受賞は逃したものの、授賞式でナンニ・モレッティ審査委員長は「パルム・ドールは演技を含む全ての要素を満たして与えるものである」と語って二人の名演を絶賛した。

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カンヌ国際映画祭2012 (2012/5/16~27) 公式

2012/07/15/19:55 | トラックバック (0)
深谷直子 ,映画祭情報
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