伊藤 洋三郎 (俳優) 映画『秋の理由』について【2/4】
2016年10月29日(土)より新宿K's cinemaにてロードショーほか全国順次公開
公式サイト 公式twitter (取材:深谷直子)
――確かにそうですね。普通のことを映画にしてはいけないということもないですし。
伊藤 そう、それで観る人がそういう話の映画を面白く感じるかどうかというのはまた別の問題で、演じる人とか画のきれいさとか音楽とか、そういうものも映画には含まれるのであって。
――そういう要素トータルで世界を作っていく映画ですよね。映像や言葉でイメージをどんどん膨らませて。
伊藤 画はきれいですよね。あとは街。ここはどこの街かとは言っていないですよね。「立待市」とかいう、立待岬のような名前のどこなのかわからない街で、多分郊外なんだろうな、という感じはあるけれど。出版社があるところとか、普通の人たちを映している新宿の大ガード以外の生活空間というのは全部架空の街で、架空でありながらそこに住んでいる人たちのコラージュ、象徴風景みたいに見せているところが映画としてはいいなと思いますね。これが例えば下町とか湘南とか特定できるところになってくると見え方が変わってきてしまうんですが、でもこういうところで撮っているのがこの映画の特徴ですね。
――完成した作品を観たときはどう感じましたか?
伊藤 「これで終わっちゃったの?」というところがありました。終わり方が難しいですよね。
――そうですか? 河原で村岡と宮本が邂逅するというラストシーンは爽やかで、私はいいと思いました。
伊藤 そう思ってもらったならよかったですが、「どうしてそうなったのか?」という、そこまでの心の動きや、宮本がどれぐらいいなくなっていたのかということが伝わるのかな?と思いましたね。それは脚本を読んだときにも思ったことで、だから多分こうだろうなと思ったんだけど、やっぱり画になったときにもそういう部分が残っていたなと。そのへんがどうなのかな?と思っていたところです。でもそれが映画の面白いところでもありますよね。ある意味お客さんとしても観れるし。だからまな板の上の鯉になれるんです。