インタビュー
「美が私たちの決断をいっそう強めたのだろう/足立正生」

フィリップ・グランドリュー (映像作家)
足立 正生 (映画監督)
映画「美が私たちの決断をいっそう
強めたのだろう/足立正生」について

公式

2012年12月1日(土)より、渋谷アップリンクほか全国順次公開

特異な前衛政治作家を被写体とするドキュメンタリー・シリーズ『美が私たちの決断をいっそう強めたのだろう』の第1弾として、フランス人映像作家フィリップ・グランドリューが取り上げたのは、今年逝去した若松孝二らとともに「性と革命」を主題とする映画をつくり続けてきた足立正生である。作家・AVライターの東良美季が、フィリップ・グランドリューと足立正生におこなったロングインタビューの成果を、ここに掲載する。(取材/文:東良美季)
フィリップ・グランドリュー 1954年生まれ。ベルギー国立高等視覚芸術放送技術院(INSAS)で映画を学ぶ。1976年に初のビデオ・インスタレーションを美術館で展示。1980年代からフランス国立視聴覚研究所(INA)と共同で新たな映像様式を創出しつづけ、作品はビデオアート、フィルムエッセイ、ドキュメンタリー、フィクションなど多岐分野にわたる。1990年には映像研究ラボ“Live”を設立。2008年、東京とロンドンで大規模な特集上映が開催される。長編映画には、ロカルノ国際映画祭審査員賞を受賞した『Sombre』(1998年)、『La Vie nouvelle』(2002年)、『Un Lac』(2008年)がある。
足立正生 1939年生まれ。日本大学芸術学部映画学科在学中に自主制作した『鎖陰』で一躍脚光を浴びる。大学中退後、若松孝二の独立プロダクションに加わり、性と革命を主題にした前衛的なピンク映画の脚本を量産する。監督としても1966年に『堕胎』で商業デビュー。1971年、若松孝二とパレスチナへ渡り、『赤軍-PFLP・世界戦争宣言』を撮影。1974年、日本赤軍に合流し国際指名手配される。1997年にレバノンで逮捕抑留され、3年の禁固刑ののち日本へ強制送還。2006年、赤軍メンバーの岡本公三をモデルにした『幽閉者 テロリスト』を発表した。

 フィリップ・グランドリュー監督作品『美が私たちの決断をいっそう強めたのだろう/足立正生』は冬の夕暮れ、小さな公園から始まる。ブランコに乗る少女、おそらく小学校の低学年くらい。その背中を押してやるのが足立正生だ。時刻は薄暮から夜へと向かう。画面は相当暗い。試写が行われたのは新宿区市谷にある東京日仏学院だった。スクリーンを始めその映像設備はかなり良いと思われるが、それでも眼を凝らしてやっと何が映っているのか判る──といった程度である。にもかかわらず、映像は異様に美しい。
 そこに足立による長い長いモノローグが被せられる。けれどそれも独白というよりは呟きであり、しかも言説はグルグルと堂々巡りを繰り返す。寺院が近くにあるのだろう、時々鐘の音が響く。画面は少女のアップから彼女の背を押す足立とのツーショットへ、そこから母親らしき女性の姿が少しだけ映り、やがて足立はもうひとつのブランコへと座った。すると何処からか、童謡の「夕やけ小やけ」が聞こえて来る。ここまでほぼワンカットの12分強。息を呑むような「映画的」ショットの連続であった。

 1939年生まれの足立正生は現在73才だが、その幼い少女は彼の孫ではなく娘のようだ。一瞬「パパ」と呼びかける音声がある。しかし、本当のところは判らない。そういったことに関しての説明はない。ただ中盤に足立の最新作『幽閉者 テロリスト』のプロデューサー・小野沢稔彦と食事をし酒を酌み交わすシーンがあり、「奥さんと娘さんも一緒だ」という短いテロップが出るだけだ。「奥さん」と称される女性は、一見彼が長らく暮らした中東アラブ出身の人のようにも見えるが、そこにも一切の注釈はない。いや、この映画には全編にわたり「何かを説明する」という行為がないのだ。それでも僕にとってはこの74分間で、足立正生という人物に対するすべての謎が解けたような気がした。1963年に発表された自主映画『鎖陰』で若き天才と言われ、時代の寵児となった映画監督が何故突然祖国を捨て、中東の地でゲリラ活動をするに至ったか? もちろん革命の時代だったし、「美が私たちの決断をいっそう強めたのだろう/足立正生」場面1大島渚もゴタールも、すべて政治的だった。それは頭では理解出来るのだけど、疑問は残っていた。けれどこの一見難解にも見える「映画」によって、すべては氷解した。これこそが、我々の味わう映画的体験である。
 そう、この『美が私たちの決断をいっそう強めたのだろう/足立正生』は、全編文字通り映画的な「美」に彩られた、これ以上にないほど「映画的」な映画なのだ。

 2012年6月、フランス映画祭のために来日したフィリップ・グランドリュー監督と、足立正生氏にインタビューする機会を得た。足立氏は想像していたよりもずっとカラフルで明るく、気さくでエネルギッシュな人物であり、グランドリュー監督もまた、その詩的でシュールリアリスティックな作風とは裏腹に、論理を雄弁に積み上げて語る理論派という印象を受けた。以下、お二人のお話を引用しつつ、この映画の輪郭を語ってみよう。
 彼らの出会いは2008年、渋谷アップリンクにて行われたフィリップ・グランドリュー特集上映の時であり、スクリーニング後に行われたティーチ・インで意気投合したという。
「要は僕がたちどころにフィリップのファンになってしまったんだな」と足立氏は語る。
「彼の映像の特性としてあるのは、愛や人間や世界といったものを扱っているわけだけれど、そういうテーマが作品の中にポツンポツンと存在しているのではなく、すべてが解け合って観る者へと向かって来る。それは実に『映画的』で、言葉で語るのが虚しくなってしまうほどだよ」
 一方のグランドリュー監督も帰国後すぐ、本作の共同プロデューサー、ニコル・ブレネーズ氏に「映像作家についてのドキュメンタリー作品を連作で撮っていきたい」と提案。その映像作家とは「常に政治的、あるいは美的な闘争を行っている作家」であり、「現在の映画界の一般的な流れとは断絶している人物」と決めた。そして、
「第一作の対象が足立正生さんになることは、私にとって当然のことでした」と語る。
 しかし資金が思ったほど集まらず、同時に撮影に入る前からパリのシネマテーク・フランス映像にて行われる『足立正生回顧上映』でこの作品が上映されることが決定していたこともあり、4日間という短い時間で撮影することが決められた(結果的には1日延び、5日間となったが)。また、映像はすべてデジタル一眼レフカメラ〈キャノンEOS 7D〉を使い、フィリップ・グランドリュー本人が撮影。音声は唯一のスタッフである通訳兼助監督のシャルル・ラムロ氏によって、手のひらサイズのハンディ・レコーダー〈ZOOM H2〉で録音された。しかしこの非常にシンプルでミニマムな撮影スタイルこそが、冒頭に書いたブランコのシーンを初め、奇跡のような「映画的」ショットを生んでいく。
 足立氏は語る。
『美が私たちの決断をいっそう強めたのだろう/足立正生』場面2「フィリップが東京にやって来てさっそく撮影が始まるわけだけれど、彼が何をしているかというと、ずっと僕の鼻毛と耳毛と眉毛を撮ってるんだな。その様子を見て、『ああ、やっぱりコイツは本当に“デキる”作家なんだな』と思ってしまったよ。だからすべておまかせした。一応普通のドキュメンタリーがよくやる公式なインタビューもやったけれど──映画論とか映画と革命の関係とかね──実はかなり熱心にやった。でも、それは彼にとってあまり興味がないことなんだと判ったのね。だって鼻毛と耳毛だけ撮ってるんだからさ(笑)。つまりそれは最初に僕が彼の作品に感銘を受けた時の印象と同じで、僕の作品だとか経歴だとか思想だとかを個別に拾うのではなく、彼は彼の持っている美学と、僕が今生きているという現実を融合させたかったんだ。それは完成した作品を観て、すべてが見事に縦糸となって全編に生きているから、僕は改めてフィリップを尊敬したわけです」
 一方、グランドリュー監督はこう言う。
「私はいわゆるポートレート映画を作るつもりはありませんでした。一般的なドキュメンタリーであればインタビューがあり作品の抜粋があり、そして論旨を重ねていくことになります。けれどそうしたことを私はしませんでした。ですから撮影前も撮影中も、この映画がどのようになっていくのか私は知りませんでしたし、知りたいとも思いませんでした。そして映像に於いては知らないものを目指すからこそ、生きた感覚や身体に向かうことが出来るのです。足立さんがおっしゃるように、顔のすごく近いところにカメラを構えて、友人とお酒を飲んでおられるところで、例えば手や顔のアップを撮影し始めました。しかしこれは言わば、私のいつものやり方でした。この映画の中で重要なことは、我々がどのようにして足立監督に対する官能的なアプローチに導かれていくか、ということでした。すなわち足立正生という人間の身体、声の粒、声の物質性、声のリズム、そうした親密なものを出発点として、私はひとつの曲線を描きたいと思いました。その曲線とは我々の持つ鋭い意識に向かっていきます。その鋭い意識とは、つまり『映画とは何か?』ということです。映画とは思想で作られるものであり、知性も必要です。しかし同時に極めて感性的なものとして捉え直すことなしに、映画は映画として存在しないのです。私は私が撮影した足立監督の存在感を、今ご本人がおっしゃったように『生きている現実』として提示したかったのです。そのためにはすべての思想と知性をいったん引き剥がし、感性の方向へ導いていく必要がありました」

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美が私たちの決断をいっそう強めたのだろう/足立正生
シリーズ企画:ニコル・ブルネーズ、フィリップ・グランドリュー
監督・撮影・編集・音響:フィリップ・グランドリュー
助監督・通訳:シャルル・ラムロ 音楽:フェルディナンド・グランドリュー/プロデューサー:アニック・ルモニエ(Epileptic)
出演:足立正生、小野沢稔彦
2011年/フランス/カラー/モノクロ/74分/HD/ステレオ © EPILEPTIC
http://www.uplink.co.jp/bigawatashitachi/

2012年12月1日(土)より、渋谷アップリンクほか全国順次公開

2012/11/28/16:43 | トラックバック (0)
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