東京公園
『サッド ヴァケイション』から4年弱、青山真治監督の新作長篇がいよいよお目見え!
……などと軽~く書き出そうものなら、熱心なファンの諸氏のお怒りを買ってしまいそうで心配だ。もちろんわたしとて、SF映画を撮る話が立ち消えたのはどこかで耳にした気がするし、原作・島田雅彦、脚本・荒井晴彦の『退廃姉妹』の企画に関するニュースが一向に伝わってこないのに気をもんだりはしていた。だからこそ、ここ数年、少なからぬ苦労を重ねたであろう監督の無事の帰還を、まずは祝いたい。
「これまでとは何か違うことをやりたい」と考えていた監督が出会ったのは、“『フォロー・ミー』に捧ぐ”と献辞がある、小路幸也の原作小説。青山監督は、ちょうどそれを読んだころ、ホセ・ルイス・ゲリン監督の『シルビアのいる街で』(2007年)にも刺激を受けたとのこと。ロンドンの街を舞台に、トポル演じるとぼけた味の探偵が、夫に頼まれてミア・ファーロー扮する人妻を尾行するキャロル・リード監督の『フォロー・ミー』(1972年)は、昨年の、世界ではじめてのソフト化と、「午前十時の映画祭」でのリバイバル上映が話題を呼んだことも記憶に新しい。一方、『シルビア』は、記憶の中の女性をスケッチブック片手に探す男の物語。ドイツ国境近くのフランスの古都、ストラスブールの街そのものを巨大なセットのように自在に操った、ハイブラウなストーカー映画(言葉は悪いが)だ。
こうした、先行者たちへの言及でもって紹介される映画は、往々にして期待はずれだったりするものだが、『東京公園』は、「依頼を受けて、男が女を尾行する」という設定の類似(一致?)にもかかわらず、一瞬たりとも『フォロー・ミー』を想起させたりはしない。そして、一部の音響処理と、「見ること」について思索する映画であるという点とでは大いに『シルビア』との共通点を持ちながら、そこにはない風通しのよさがある。『東京公園』は愛らしい映画である、と宣言しよう。
写真家志望の大学生、光司(三浦春馬)が、歯科医の初島(高橋洋)に、百合香(井川遥)の尾行を頼まれる。明確な理由を示さない初島に押し切られるようにしてそれを引き受けた光司は、おあいこだ、と言わんばかりに、その仕事用のデジタル・カメラを、やはり理由も伝えずに友人のヒロ(染谷将太)から借りる。
依頼の理由は示されないとは言っても、娘を連れて散歩に出かける百合香の行き先を必ず知っていてメールで光司に伝えてくる初島の身分は、およそどんな観客でも察しのつくとおりだ。だからわたしたちは、この物語がミステリー的な意味でどんな風に展開するか、なんてことには一切気をつかう必要はない。スクリーンに映る都内各地の公園のひろびろとした空気をたっぷり味わい、そしてその中をゆったりと移動する百合香のマシュマロのようなやわらかさと、彼女を追う光司のひきしまった身のこなしとを、呆けたように見つめていればいい。
光司は見るからに聡明で健康そうな映画の中の若者だから、幼なじみの富永(榮倉奈々)とも、親の再婚によってきょうだいになった義姉・美咲(小西真奈美)とも、露骨な関係に陥ることなく、適切な距離をたもっている。緊張感すらないほどの、あまりにも適切すぎる、節度のありすぎる距離感。
ただしそれも、ある時点までの話。榮倉奈々が中盤、三浦春馬に、小西真奈美への対峙を促す。その流れで彼女は、小津安二郎監督『秋日和』のあの岡田茉莉子が憑依したような口調で、『瞼の母』を知らないのか、長谷川伸だよ、加藤泰だよ、と詰め寄る。カメラのシャッターのメカニズムを瞼の動きになぞらえているのだから、理にかなってはいるものの、まさか榮倉奈々の口からそんなセリフが飛び出るとは思っていないから、心底驚いてしまう。ついでながら、つい先日、シネマヴェーラ渋谷の加藤泰特集(7月1日まで開催中)で『瞼の母』を再見した者として自信と責任を持って言うならば、この詰め寄り方は、圧倒的に正しい。
そしてそこで採用されているのは、小津式の真正面からの切り返し。「話している相手をまっすぐに見ろ」だなんて、小学校の時分から教わっていることだけれども、現実社会においてはおよそ特殊な関係・環境ででもなければ、めったにおこなわれていない。さらに映画においては、人物を撮ることの歴史はそれこそ、話している相手をいかに真正面から見ずに処理するか、の苦闘の連続だったとも言えそうだ。
切り返しにおけるタブーが破られ、「相手を真正面から見るべし」との決まり文句が実現されると、どうなるか? 観客は動揺する。三浦春馬も、まっすぐに見つめる視線の圧力に大いにドギマギしたはずだ。そして彼は、榮倉奈々の指導に従って(あるいは、挑発に乗って)、アクションを起こす。三浦に真正面から見すくめられた小西真奈美は、耐え切れず、身をよじって逃げ出してしまう。三浦はさらに迫る。小西のつややかな表情は見えるものの、三浦の顔はカメラや腕で隠されたり、また、頭の後ろ方向から撮られていたりしていて、もはやうかがえない。彼はこのとき、どんな顔をしていたのだろうか?(品のない言い方をすれば、姉貴相手にどのツラさげて、となる)
映画のクライマックスで、ある男女が、お互いまっすぐに向き合う。ただしそれはカメラを介しての、撮る者と撮られる者としての動作。とはいえ、使われるのはデジタル・カメラだから、ファインダーを覗き込む=完全に顔が隠れる、ということはない。レンズ越しの一方的な観察ではなく、あいだに置かれたカメラという物体をクッションにしてこそ実現する、微妙な力学にもとづく和解がそこにはあった。
途中までは、作家性を隠蔽した映画のようにも思えたが、しかしそうではなかった。100年余の歴史を持つフィルムという概念が絶滅しかかっている現代において、映画監督の作家性自体が変化せざるをえないのは当然の話であって、とはいえ、絶望する必要はない。映画の中にスリルを持ち込み、油断した観客の不意を突く手段は、まだまだいくらでもある。
そして、榮倉奈々ファンの男子大学生が、彼女が嬉々として魅力を語るロメロのゾンビ映画に接したり、三浦春馬を目当てに見に来た女子高生が『瞼の母』のDVDをレンタルして帰ったりすることが起こるかも、と考えると、たまらなくワクワクさせられる。映画史なんてものに興味がなくとも、スクリーンの向こうから榮倉の視線にまっすぐ射抜かれれば、誰しも冷静ではいられないし、そこで話される内容は心に刻まれずにはいられないだろうから。
交通事故にも似たそんな体験をしてしまったひとのうちの何割かは、きっと数年後に、あのただならぬ演出の美しいいびつさの出所に気付くだろう。さらにそのなかの何人かは、演出というもの自体を発見するかもしれない。それは余計なおせっかいではあるのだけれど、思えば大半の映画ファンは、多かれ少なかれ、どこかでそうしたおせっかいの恩恵を受けてきているはず。
監督のインタビューも批評家の書いたレビューも、ましてやこうした映画情報サイトも見ないひとたちにいちばんダイレクトに「映画の言葉」を届けるにはどうしたらいいだろうか、と考えてみたら、それはもう、俳優たちの存在を通すのがなによりの早道。『東京公園』には、青山真治の映画へのゆるぎない信頼と、それを具体化する俳優たちへの最大限の敬意とが、互いに手に手をとって軽やかに風に舞っているのが見える。
(2011.6.13)
監督・脚本:青山真治(『EUREKA ユリイカ』、『サッド ヴァケイション』)
出演:三浦春馬、榮倉奈々、小西真奈美、井川遥
原作:小路幸也 『東京公園』(新潮文庫刊) 共同脚本:内田雅章、合田典彦
製作:「東京公園」製作委員会 配給:ショウゲート (C)2011「東京公園」製作委員会
2011年6月18日(土)より、新宿バルト9ほか全国ロードショー
- 監督:青山真治
- 出演:板谷由夏, 石田えり, 光石研, オダギリジョー, 宮崎あおい
- 発売日:2008-02-27
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- 映画原作
- (著):小路 幸也
- 発売日:2009-07-28
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