レビュー

イマジン

( 2012 / ポーランド・ポルトガル・仏・英 / アンジェイ・ヤキモフスキ )
2015年4月25日(土)、渋谷シアター・イメージフォーラムにて公開
新感覚の恋愛映画

岸 豊

ネ タ バ レ あり 『イマジン』「恋は盲目」とはよく言ったものだが、盲目の男女が恋に落ちたら、どんな恋愛をするのだろう?
ポーランド出身の映画監督アンジェイ・ヤキモフスキの最新作で長編3作目にあたる『イマジン』は、視覚障害者施設で出会った2人の男女が織り成す、静かで美しいロマンスを描いた、新感覚の恋愛映画だ。

ポルトガルのリスボンにある視覚障害者施設にインストラクターとしてやってきたイアン(エドワード・ホッグ)は、視覚障害者でありながら、反響定位という知覚方法によって杖を使わずに日常生活をこなしてしまう風変わりな男。イアンは子供たちに日常生活の訓練をするうちに、不思議な魅力で人気者になっていく。そして、部屋に引き籠っていた成人女性のエヴァ(アレクサンドラ・マリア・ララ)も、イアンとの交流を通じて徐々に心を開いていく。そんなある日、イアンは生徒たちのために、街に通じるドアを開ける。「何が見える?」と問いかけるイアンに、生徒たちは思い思いの景色を伝える。そして、エヴァが口を開く。「わたし、船を見たわ」と……。

イアンが用いる反響定位は、反響した音を頼りに物体との距離を測る知覚方法で、コウモリやイルカなどの動物が使うことで知られている。イアンを演じたエドワード・ホッグは、『アルフィー』(04)や『もうひとりのシェイクスピア』(11)などでキャリアを重ねてきた英国人俳優。彼はトレーナーのアレハンドロ・ナバスのもとで反響定位を学び、撮影にあたっては目が見えない状態で狭い空間を歩き、通り抜けることができるレベルに達していたという。エヴァを演じたアレクサンドラ・マリア・ララは、『ヒトラー~最期の12日間』(04)や『コッポラの胡蝶の夢』(07)、近年では『ラッシュ/プライドと友情』(13)などに出演してきたドイツ出身の実力派。確かな演技力で、繊細で色気のあるエヴァの魅力を醸し出している。
そんな2人が演じるイアンとエヴァが織り成すロマンスは極めて斬新だ。互いのビジュアルが全く把握できないイアンとエヴァは、声、呼吸音、歩行音、衣擦れの音、漂う匂い、触れ合う体などの数え切れない情報を収集し、視覚以外のあらゆる感覚を研ぎ澄ませて互いを思い描き、理解し、距離を縮めていく。

『イマジン』場面1本作はスタッフのパフォーマンスも素晴らしい。オープニングで、「私の妻エヴァに捧ぐ」という一節が挿入されているが、これはアンジェイ・ヤキモフスキの妻であるエヴァ・ヤキモフスカへ捧げられた言葉だ。彼女は本作のプロダクション・デザイナーを務めており、アート・ディレクターのジョアン・トへスと共に、歴史を感じさせる白を基調とした修道院をベースに、余計なものを一切置かず、極めてミニマルで端正なセットを作り上げている。
そのセットと役者陣が調和したシーンを映し出したのは、撮影監督のアダム・バィエルスキ。室内でのシーンでは、暗い室内に満ちた影と外から差し込む光によってキアロ・スクーロ(明暗法)を効果的に用いて登場人物を映し出し、まるでレンブラントやフェルメールの肖像画を見ているかのような美を感じさせ、屋外のシーンでは光を最大限に用いて透明感を纏った美しい映像を生み出している。パソコンやスマホなど、現代性を感じさせる小道具を徹底して映さない画面構成も、舞台である古都リスボンの異国情緒を際立たせている。
そしてギローム・ル・ブラによる録音が最高だ。本作は音という観点に注目すると、基本的に生活音のみで構成されていることが分かる。廊下に反響する歩行音やコップに水が満たされる爽やかな音。我々が普段では気にも留めない何気ない音が、視覚障害者の視点を介すことで画面いっぱいに響き渡り、「音の美」を感じさせる感覚は、ぜひ劇場で味わってほしい。

イアンの反響定位は見事なものだが、生徒を危険に晒しかねない彼の教育方針に、施設のリーダーであるペドロス医師(フランシス・フラパ)は懐疑心を強めていく。そしてある日、イアンはペドロス医師と修道士のブラザー・ウンベルト(ジョアン・ラガルト)が仕掛けた罠に「落ちて」しまい、子供たちからも反響定位の力はインチキなのではないかと疑われてしまう。時を同じくして、イアンに憧れを抱く生徒の一人であるセラーノ(メルキオール・ドルエ)が、エヴァと共に街へ出かける。そしてセラーノは、エヴァとイアンが訪れたバーで、イアンがエヴァに語った港やモーターボート、船が存在しないことを常連客たちから教えられる。
その夜、セラーノはイアンに問いただす。「港に大きな船があるってエヴァに言ったよね。証明してよ」「あるとも。彼ら(常連客たち)は見ているようで見ていないんだ」。そう語ったイアンはセラーノを夜のリスボンに連れ出す。街灯と月明かりが絶妙に溶け合った暖かみのある光に包まれた夜のリスボンは、昼間のそれとは全く異なる神秘的な美しさを湛えている。そしてついに2人は港にたどり着く。「ここにあるはずだ」。そう語るイアンだが、このシーンでは船が画面に映されない。果たしてイアンが言っていることは真実なのか?

『イマジン』場面2 『イマジン』場面3セラーノとの冒険のあと、とうとうイアンは施設を解雇されてしまう。彼が施設を去る日、生徒たちが複雑な表情を浮かべながら、黙って彼を見送るのが何とも切ない。そんな中で、イアンが言っていたことの多くが、自分を部屋から連れ出し、生きる楽しみを見出させるための優しいウソだったと知ったエヴァは、彼を追って町に出る。しかし、反響定位を使いこなせないエヴァはイアンを見つけることができない。迷い、危険を冒しながらエヴァがたどり着いたのは、イアンと共に訪れた、あのバーだった。
押し黙って椅子に座るエヴァ。その時、遠くから船の蒸気音が聞こえてくる。そして町並みの先から、巨大な船体が見えてくるではないか。イアンが言っていたように、バーの常連客たちは船を見逃していた。船はあったのだ。そして、ウェイターのマリオ(パブロ・マルテル)が一人の男性客に声をかける。無言の客の正体はイアンだ。エヴァは船だけでなく、イアンも見つけていた。これは偶然ではなく、彼女が感情という音をイアンに反響させた結果なのだ。そして、エヴァがイアンのもとに歩み寄る姿を映すカメラが路面電車に乗り込むという、鮮やかな視点の移動と共に物語は終わる。

PCやスマホに代表されるテクノロジーの発達によって、どんな場所でも一瞬でコミュニケーションを取ることができるようになった昨今、人と人の距離は格段に縮められてきたように思える。そんな時代に対してアンジェイ・ヤキモフスキは、我々がいかに盲目であるか、そして心と心の距離はテクノロジーによって埋められるものではなく、直に向き合い、相手と触れ合い、感情を反響させ合うことで埋まるのだと、それこそが恋愛の本質だと教えてくれる。 イアンとエヴァは愛を育んでいくのだろうか。それとも別れてしまうのだろうか。彼らの行く末は、オープニングで映し出された映像のように曖昧だ。私は「本物の恋愛映画は出会いから別れまでを描くべきであり、その過程で終わるべきではない」という持論を持っていた。しかしアンジェイ・ヤキモフスキは、盲目というモチーフと卓越した演出によって、曖昧であるが故に生まれる余韻と深みを感じさせる。こんな恋愛映画にはなかなかお目にかかれない。本作が1人でも多くの人に観てもらえることを祈るばかりだ。

(2015.3.21)

イマジン (2012年|ポーランド・ポルトガル・フランス・イギリス|105分|カラー|デジタル)
2013ワルシャワ国際映画祭 監督賞受賞/2014ポーランド映画賞 音響賞受賞
監督・脚本:アンジェイ・ヤキモフスキ 出演:エドワード・ホッグ、アレクサンドラ・マリア・ララ
提供:ダゲレオ出版(イメージフォーラム・フィルムシリーズ)|配給:マーメイドフィルム
宣伝:VALERIA |配給協力:コピアポア・フィルム|後援:ポーランド広報文化センター、ポルトガル大使館
© Adam_Bajerski 公式サイト

2015年4月25日(土)、渋谷シアター・イメージフォーラムにて公開

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2015/03/28/22:14 | トラックバック (0)
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