レビュー

エヴァ

( 2018 / フランス / ブノワ・ジャコー )
2018年9月15日(土)~28日(金)、京都・出町座
9月29日(土)~10/12日(金)、宇都宮ヒカリ座にて公開、他全国順次公開
創作におけるミューズ

Text:青雪 吉木

『エヴァ』ポール・バーホーベンが監督した『エル ELLE』(16)に続き、イザベル・ユペールが危険な女を演じるファム・ファタール映画。ひとまず『エヴァ』は、そう定義できる映画だろう。実際、『エル ELLE』と同様、彼女の周りにいる多くの人間は不幸に見舞われ、時には命を落とす。それも彼女が直接、手を下すことなしに。自前だというアズディン・アライアの赤いドレスを着こなし、あるいは黒いコートと派手な化粧とウィッグで武装するイザベル・ユペールが演じるのは、得意の鼻で笑う仕草としゃがれ声、そして無関心な態度でいともたやすく男を屈服させる娼婦エヴァ。この年齢で娼婦という設定には驚くが、要塞のような自宅に顧客を招く彼女は、あからさまなベッドシーンこそないものの、事の前後で浴槽につかり、バスローブ姿をさらし、その道のプロフェッショナルであることを知らしめるのである。

英国作家、ジェイムズ・ハドリー・チェイスによる原作『悪女イヴ』の映画化は、既に半世紀以上前の62年 になされている。ジョセフ・ロージーが監督し、ジャンヌ・モローが主演したモノクロ作品『エヴァの匂い』(62)だ。編集をめぐってプロデューサーと対立したジョセフ・ロージーにとっては不本意な作品だったかもしれないが、舞台を原作のアメリカからイタリアに移してローマとヴェネツィアで撮影した効果もあり、水面や鏡を使ったスタイリッシュな構図はキマりまくっているし、不機嫌顔ならイザベル・ユペールに負けず劣らずのジャンヌ・モローのスルリと身をかわす気まぐれぶりも見もの。何しろトリュフォーの『突然炎のごとく』(61)の翌年。彼女がノリに乗っていた時期なのだ。

それと比較すると、今回の映画化の分が悪いのは否めない。今度はフランスに舞台を移し、パリとアヌシー湖畔で撮影したブノワ・ジャコー監督は、13歳の頃に原作を読んで惚れ込み、これまで映画化の機会を窺がっていたそうだが、もはや71歳ともなると、いささか遅きに失した感はある。さらにはエヴァに一目惚れして翻弄される端正な顔の新進作家、ベルトランを演じるギャスパー・ウリエルがイザベル・ユペールと実年齢で31歳差という時点で、大方の観客の理解を超えてもいるだろう。たとえ、出世作『ハンニバル・ライジング』(07)で若きハンニバル・レクターに扮したギャスパー・ウリエルが、叔父の妻にあたる年上の女性=コン・リー演じるレディ・ムラサキに愛を捧げていたことを思い出しても、だ。

だが、ひとたびイザベル・ユペールのファム・ファタールものという先入観からこの映画を解放すれば、別の景色が見えてくる。『エヴァ』にあって『エヴァの匂い』に無いもの。それはもう一人の主人公、他人の戯曲を盗んで成功を収めた作家もどきの男、ベルトランの罪悪感だ。次作を期待されつつノートPCを開いても執筆は進まず、才能の欠如が露呈するのではないかと恐れる日々。その一方で、脚本家の恋人は才能に溢れている上に優しく、聖女のような存在。そうであるが故に娼婦エヴァにのめり込み、総てを失っていく……。

『エヴァ』場面1 『エヴァ』場面2成功とは裏腹に、作家としての実力が白日の下にさらされるのではないかと怯え、疑心暗鬼に陥るサスペンスは、『エヴァの匂い』より遥かにジェームズ・ハドリー・チェイスの原作『悪女イヴ』に忠実で、それこそが今回の映画化の意義だろう。『エヴァの匂い』で作家を演じたスタンリー・ベイカーはもっとマチズモを体現したような存在だったし、一応、兄から戯曲を盗作したという設定ではあったが、罪悪感はほぼゼロ。そんな自信家が男と女のパワーゲームに敗れるギャップが『エヴァの匂い』の見所でもあったが、『エヴァ』のギャスパー・ウリエルは美形の優男であって、最初から勝負にならず、うじうじと悩むだけである。刑務所にいるエヴァの夫が強面の美術商で、その夫に対してだけはエヴァがとても従順な態度で接するのとは対照的だ。

その一方で、冒頭の戯曲を盗む過程が現代的にアレンジされ、ギャスパー・ウリエルの両性具有的なルックスにぴったりのシーンとなったのは何やら示唆的だ。実はこの映画、男と女の恋愛サスペンスというジャンルを装っているのではないか?約束をすっぽかす、灰皿で殴る、顔に鞭を振るうという行為があっても、本当にエヴァは悪女なのか?いや、そもそもエヴァは実在するのか?そう考えると、年齢的に著しくバランスを欠いたかに見えるギャスパー・ウリエルとイザベル・ユペールの組み合わせにも違和感を抱かなくなる。なぜなら、この映画のエヴァとは創作におけるミューズの幻想であり、書くに書けない作家もどきには、決して意のままに扱えぬ存在だという解釈も成り立つからである。何を考えているか分からなくても当然だ。そこには容姿や色恋では測れぬ、圧倒的な度量の差、次元の違いがあるだろう。ならばこの組み合わせも不思議ではない。最後の最後、唇に指を当て“シー”と沈黙を強いるエヴァの前で、なす術もなく立ち尽くす熊髭のベルトランに、次の戯曲を語り出す資格はないのだ。

(2018.9.15)

エヴァ ( 2018/フランス/カラー/フランス語/102分 映倫:G )
出演:イザベル・ユペール、ギャスパー・ウリエル、リシャール・ベリ
監督:ブノワ・ジャコー『マリー・アントワネットに別れをつげて』
原題:EVA  原作:「悪女イヴ」ジェイムズ・ハドリー・チェイス(小西宏訳) 創元推理文庫
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本 配給:ファインフィルムズ
© 2017 MACASSAR PRODUCTIONS - EUROPACORP – ARTE France CINEMA - NJJ ENTERTAINMENT - SCOPE PICTURES
公式サイト 公式twitter 公式Facebook

2018年9月15日(土)~28日(金)、京都・出町座
9月29日(土)~10/12日(金)、宇都宮ヒカリ座
10月6日(土)~10/11日(木)、静岡・CINEMAe_ra
10月13日(土)~鹿児島・ガーデンズシネマ
10月24日(水)~大阪・新世界国際劇場
10月26日(金)~佐賀・シアター・シエマ
にて公開、他全国順次公開

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  • 監督:ポール・ヴァーホーヴェン
  • 出演:イザベル・ユペール, ロラン・ラフィット, アンヌ・コンシニ, シャルル・ベルリング, ヴィルジニー・エフィラ
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  • おすすめ度:おすすめ度3.5
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2018/09/15/18:30 | トラックバック (0)
青雪吉木 ,レビュー
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