内藤 瑛亮 (監督)
映画「先生を流産させる会」について
2012年5月26日(土)より、渋谷ユーロスペースにてレイトショー!
実際にあった事件を元に、中学生のグループによる妊娠中の教師への悪質な嫌がらせの顛末を描いて、自主映画ながら話題をさらっている『先生を流産させる会』。神経を逆撫でするタイトルとは裏腹の丁寧な作りが先入観を鮮やかに壊し、物語に揺さぶられながら62分をスリリングに駆け抜ける幸福な体験を観る者にさせてくれる。本作で長編デビューを果たした新鋭・内藤瑛亮監督に、題材の選択から、説明を排し観客に想像の余地を残した脚本作り、リアリティ溢れる演技を見せた子供たちへの演出や彼女たちの意外な素顔までを語っていただいた。(取材:深谷直子)
――自主映画でキャスティングが難しかったと思うんですが、生徒役の子供たちはどうやって選んだんですか?
内藤 ネットで募集をかけて、それに応募してくれた人とか、あとはスタッフの知り合いの子供さんとか。ミヅキ役の子(小林香織さん)も製作部の人の知り合いのお子さんですね。
――小林さんはハマり役ですね。
内藤 もう彼女は、写真を見て「この子だ!」って(笑)。
――ミヅキはハーフの設定なんですか?
内藤 そうですね、そう言及してはいないですけど、地方都市って外国の方が多く住むようになっていて、ハーフや外国人の子供がクラスにいるのもごく普通だということを聞くので、それはそれでリアリティがあるかなと。
――ブラジル人が営むスーパーというのも、1シーンだけですが出てきますね。
内藤 ええ、ロケをした土地が実際にブラジル人が多く住んでいる土地らしいんですよね。
――『サウダーヂ』(11)の舞台もそういう土地でしたが、今やこれが日本に遍在するごく普通の風景なんだなあ、ということを考えたりもしました。でもミヅキの家庭環境などの背景はほとんど描かれていませんね。
内藤 そこはすごく難しいところなんですよ、ある種モンスター的な悪役がいて、その背景をどうするかというのは。例えば家族を登場させて、悪い家庭環境だと描いちゃうと、「ああ、親が悪いからこの子は悪いことをしているんだ」と観ている人は安心しちゃうんですよね。そういうふうには思わせたくなくて。もしかしたら何の理由もなくこの子はこうなのかもしれないし、あるいはこの子の持つ悪意というものは、全ての女の子に潜在的にあるものかもしれない。「あるかもしれないじゃない?」と問いかけをしたいんです。そこで理由を付けちゃうと、やっぱり人って安心してしまうので。
――子供たちはとても自然に演技をしていましたが、演出はどんな感じでされたんですか?
内藤 論理立てて説明せずに、シンプルに「あの女の人は嫌いだからずっと睨んでて」、「ここをまっすぐ見て」とかいう感じですかね。テイクを重ねてもよくなっていくということはあんまりなくて、1回目が大体いちばんいいんですよね。考えてやるとあんまり上手くいかなくて。あとは撮影場所での立ち位置だとか、「顔をこっちに向けると照明を受けるからこう立って」とかいうのが子供たちはできないんですよね(苦笑)。テイクが変わるたびに立ち位置が変わるから、「あーもう!」みたいな。かと思うとテイクをたくさん重ねた最後の表情がよかったりもして。子供たちの表情って意外なものが多くて、僕が考えていたニュアンスとは別の要素が加わって豊かになったような場合などもあって、そのへんは演出していて逆に学ばされたところですね。
――いい体験になりましたね。アクション映画のような激しいシーンもありますし、撮影は大変だったと思いますけど。
内藤 そうですね。アクションのところとかは、ミヅキ役の子はやはり素人ですし性格もあるんでしょうけど、「ゆっくり振り回してね」と言っているのにいきなりブンブン振り回して(苦笑)。画面上はあまり映っていないんですけど、翌週サワコ先生役の宮田(亜紀)さんに会ったら青アザがいっぱいできてたりしましたね。
――痛そう!
内藤 現場はカオスでした。子供たちはプロではないので。廃校で撮ってたら、「図書館に行こうぜー」なんて遊びに行っちゃうので、「こらこらこらこら……!」と追いかけたり。暑かったから水霧が出る扇風機を持っていったらすごく喜んだのはよかったんだけど、いろんなところに吹きかけて、カメラに向かってもやり出したりとか。あとはこれも暑さ対策に冷えピタを持っていったら、それを投げる遊びにハマって、いろんなところにくっ付いて汚れているのを宮田さんに命中させてしまったりとか……。
――本当にカオスですね(笑)。撮影の合間に注意するのにも必死で。
内藤 「子供って大変だ~」って。でも楽しかったですね。子供たちは宮田さんのことをすごく信頼していて、泊りのときに布団に潜り込んだりしてましたね。あと、撮影が終わった後打ち上げをやったんですけど、子供たちがケーキを作ってくれて、それが僕の顔をしたケーキで。宮田さんにはプレゼントを用意していて、「先生を感動させる会」って書いてあって寄せ書きがしてあって、宮田さんは泣いて、って金八先生みたいな出来事が(笑)。
――いいお話! 映画の殺伐とした雰囲気とは全然違いますね。
内藤 今でもみんなメールとか電話で宮田さんに人生相談しているみたいです。映画の公開を記念して、今度ディズニーランドにみんなを連れていきます。
――楽しそうですねー。この後に撮った短篇『廃棄少女』(11)にも同じ子供たちが参加しているんですよね。
内藤 あ、そうです。短篇アクションに出てもらったりとか。やっぱり楽しかったからまた一緒にやりたいなあって。
――サワコ先生役の宮田さんはどうやってキャスティングしたんですか。
内藤 なかなか決まらなかったんですが、映画美学校の別の生徒の作品に出ていて、アフレコに来ていたんですよね。「あ、あの人だ!」と思ってナンパのように声をかけて(笑)。で、脚本を渡したところ、読んで興味を持ったので出たいというメールをいただきました。
――子供たちにはシュールな怖さを感じますが、サワコ先生に感情移入して観ると、コミュニケーションのし難さというものがリアルに怖いなあと。先生を攻撃してくる生徒たちもモンスター・ペアレンツの母親も、何を言っても聞き入れない感じで、非常にストレスを覚えるんですが、それは意識して描いたんでしょうか。
内藤 人と人がぶつかるときって、どっちかが悪いわけではなくて、それぞれが信念や価値観や正義を持っていて、その価値観に基づいて正しいと思う行為をお互いにしていると思うんですね。この映画でも先生と生徒と保護者と、立場は違うけどそれぞれの価値観において正しいと思っていることをやっているはずだと。だからそこでぶつかり合うけど、作者としてこいつが悪いんだよということは言わないようにしました。みんなそれぞれ正しいと思ってやっていて、そこでコミュニケーションが上手くいかずに摩擦が起こる。その摩擦している感じを見せられれば、見ている人の価値観が揺さぶれると思うんですね。「この人はおかしいと思う」とか「共感できない」って感想があっても構わない。映画に限らないことかもしれないけど、見ている人に好感を与えるキャラクターが重宝される流れがあると思うんですね。それって僕はつまらないなあと思って。空気を読んで誰にも違和感を与えないようにしているキャラクターなんて、何を考えているかは分からないし、「嫌われたくない」って自意識しか感じないし、世界が見えてこない。それぞれ違った価値観がぶつかったときの摩擦にこそいちばん広がりのある世界が見えるんだと思います。