阪本 順治 (映画監督)
映画「北のカナリアたち」について
2012年11月3日(土)より全国東映系ロードショー
阪本順治監督とは3.11をきっかけに知り合った。被災地の仮説住宅に物資を持っていき映画を上映するボランティア「映画屋とその仲間たち」で一緒になったことからだった。そのボランティアの泊まりの夜の席で阪本監督からは「北のカナリアたち」のことはうかがっていたこともあり一回目の披露試写に行った。結果は「北のカナリアたち」は堂々たる出来の素晴らしい映画だった。その出来に関して、初めて組む木村大作さんのことも含めてインタビューを是非したいと思って実現したインタビューである。地方の宣伝も含めて忙しい中を時間をとっていただいた阪本監督及び映画会社の方に感謝します。 (取材:わたなべりんたろう)
阪本 順治 1958年10月1日生まれ、大阪府出身。1989年長編デビュー作『どついたるねん』で第32回ブルーリボン賞最優秀作品賞を受賞し鮮烈なデビューを飾る。『顔』(00年)では日本アカデミー賞最優秀監督賞、キネマ旬報ベストテン第1位など、主要映画賞を総ナメに。その後も『新・仁義なき戦い。』(00年)、『KT』(02年)、『亡国のイージス』(05年)、『闇の子供たち』(08年)、『座頭市 THE LAST』『行きずりの街』(10年)など常に新しい作品世界に挑戦している。また2011年、原田芳雄氏と出会ってから約20年ごしに実現した主演・原田芳雄×監督・阪本順治作品『大鹿村騒動記』が大好評を博した。
――冒頭の吉永小百合さんが石を頭にぶつけられた後のシーンで建物1つ分引いて横移動する撮影が印象的かつ普通の映画と今作は違うと思わせられましたが、どういう経緯であのシーンになったのでしょうか?
阪本 本来、脚本ではいろいろと都会の喧騒など20年後の描写が入っていたんです。もっと映画的な時間の経過の描き方ができないかと考えたときに一つのケレンですが、映画は時間を自由に移動できる芸術ですから、あのようにしてみたんです。舞台は空間の芸術、映画は時間の芸術でもありますから。
――現場で考えた、もしくは事前に撮影プランで考えたのでしょうか?
阪本 ロケハンのときに家の裏に回ってみたりした中で、考えた撮影でしたね。
――なかなかやらない撮影で、アメリカ映画、その中でも西部劇で見るような撮り方だと感じました。
阪本 ケレンはあまりやらないほうがいいかなとも思うのですが、今作では他にもいくつかやってみました。ぼく自身がケレン味のある映画が好きなので。王道で向き合わなければいけない題材ですが、ぼくの王道は横の道と書く「横道」ですから(笑)。時間が交差する作品なので手順を踏んで20年を描くのではないケレンもいいかなとも思いました。
――今作の企画が来て、監督するうえで要になると思ったことは何でしょうか?
阪本 ここ最近、吉永小百合さんが出た映画とテイストが違うなと感じました。吉永さんが今作を選んだということはチャレンジしているんだなと。そこに興味を持ちました。それに元来スター映画が好きで、観るのも作るのも。言ってしまえば、デビュー作の「どついたるねん」は赤井秀和のスター映画として撮りましたから。でも、スター映画として、こういう俳優と将来仕事をしたいなと思っていた中に吉永さんは入っていなくて、というかあり得ないと。オファーのあった瞬間は、後ろから頭をポンッ!と叩かれたようなそんな不意打ちのような気持ちでした。一緒に仕事をするのが憧れの俳優でもあったけど不安もあり、でもそれもスリルとして監督を受けようと思いました。
――話しの内容としてはいかがだったんでしょうか?
阪本 サスペンスミステリーとして、どこまでそのタッチが出ているかは分からないですけど、主人公に秘めたものがたくさんあって映画が進行するうちに少しずつ明らかになっていくわけですけど、その旅は主人公の先生が20年経って成長した教え子たちに一人ずつ会っていく旅なんです。その時に言葉を先に放つのは教え子なんです。吉永さん演じる川島はるはリアクションをずっと続ける、脚本では「…」がたくさんあるわけです。主人公の無言の表情をたくさん撮らなければいけないのですが、その吉永さんの無言のクローズアップをどう撮るかが勝負だなと脚本を読んだときに感じましたね。
――阪本監督も参加されていた被災地ボランティアに行ったときに阪本さんの作品に出演している俳優もいて「阪本監督は俳優にとても寄り添ってくれるのでとても信頼できる監督です」と言っていました。それだけ「俳優にとって心強い監督なんだ」と。今作でもこれだけの俳優を演出しきったのは阪本監督のその姿勢があると感じました。
阪本 かっこよく言うとですが、映画というのは物語りでなく人語りだと。ぼくはストーリーテラーに向いていないなとも思うこともあります。気を遣うというのではなく、一本の映画に向き合うときは登場人物一人ずつに「この立場だったらどうするだろう」と自分がなりかわって考えてみるわけです。吉永さんの演じた役は年齢も男女も違うけど考えてみるわけです。俳優と共通認識を持っていないと演出できないわけだからやってみる。監督と俳優がお互いに相手を伺うのではなく、一つの役に対して徹底的に言葉を交わしておきたい。その相互関係、信頼関係があって俳優自身も気付いていない部分が浮かび上がってくるんです。そこも含めて役に俳優自身を投じてほしいと思うからです。
――吉永さん以外の方、今作では主演俳優級の方ばかり出ていますが、その俳優の方々にも同じように寄り添ったということですね。
阪本 映画は、人の人生の途中から始まるじゃないですか。だから、それ以前を書き出してみるんです。履歴という意味ではなくて。吉永さんの役だったらどういう両親のもとに生まれ、いくつのときに母親を亡くし、どんな父親に育てられたかということなどです。今作は自分なりに考えて主な登場人物たちそれぞれに20年の空白があるので、文章で提案させてもらうのです。それを俳優に読んでもらって、そこをよりどころにしていきます。ただ、ぼくがこの登場人物の立場だったらを書き出したものですから押し付けではないです。
――読み合わせで他の俳優もいる中ではなく、それは個々の俳優にするということですか?
阪本 個々です。自分のためでもあって、映画の撮影が始まって迷いとか出てきたときに、俳優も含めてですが立ち戻れる場所としてそういうものを作っておくんです。
――それは原作者にも見せは特にはしないと。
阪本 そうです。あくまで監督と俳優との関係性の中でのものです。
――いつからそれはされているんですか?
阪本 ここ5年間ぐらいですかね。現場に向けての行事のようなものですね。俳優とディスカッションするときに真ん中に置くものです。
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